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だれかの幸せそうな知らせを見て、「よかったね」と言いながら、心のどこかが少しチクッとする。「なんで自分だけ、うまくいかないんだろう」。そんなふうに思ってしまう自分が、わたしは長いあいだ嫌でした。
この記事では、そんなわたしが続けている「ゴミ拾い」の話をします。立派な活動の話ではありません。巾着袋を片手に、小さなゴミをひとつ拾うだけの、ささやかな習慣の話です。
※「ゴミを拾えば必ず運がよくなる」という話ではありません。わたし自身、いまだに人をうらやんでしまう、未熟な人間です。そんな等身大の話として、気楽に読んでみてください。
ゴミ拾いは開運になる?わたしが出会った考え方
わたしがゴミ拾いを始めたきっかけは、作家のひすいこたろうさんの本『ものの見方検定』で、ゴミ拾いの話を読んだことでした。
むかしから、ゴミ拾いは「運を拾う行い」のように言われてきたそうです。実際に「ゴミ拾いをすると運気が上がる」と感じている人は、けっこう多いようです。
でも、その本でいちばんわたしの心に残ったのは、運の話よりも、こんなことでした。ひすいさんは、ゴミ拾いを続けるうちに、ライバルへの嫉妬の気持ちが、だんだんやわらいでいったというのです。
「地球がいい星になるなら、だれが頑張ったっていいよね」。そんなふうに、“地球の気持ち”で考えている自分に気づいたのだそうです。だから、ライバルの活躍も素直に喜べるようになった、と。
人と比べてばかりで疲れていたわたしには、この話がまぶしく見えました。わたしも、そんなふうになれたら。その「あやかりたい」という気持ちで、巾着袋を持ち歩くようになったのです。
正直な話——わたしは今でも、人の成功を心から喜べません
ここは、いちばん正直に書きます。ひすいさんは嫉妬を手放せたそうですが、わたしは正直、まだそこまで行けていません。
だれかがうまくいった話を聞くと、いちばん最初に出てくるのは「いいなあ」ではなく、「なんで自分じゃないんだ」という気持ちなのです。そんな自分が、本当に嫌になります。
本当は、人の幸せを心から喜べる人になりたい。でも、まだその境地には、ぜんぜんたどり着けていません。これは、今もずっと続いているわたしの課題です。
それでも、ゴミを拾っているときだけは、ほんの少しだけ、心がやわらかくなる気がします。だから、未熟なままでもいいから、続けていようと思っています。
わたしが実際にやっているゴミ拾い
気負わず、暮らしのなかでやっています。具体的には、こんな感じです。
- 出かけるときは巾着袋を持ち、中に小さなビニール袋(アイラップ)を入れておく
- スーパーに行くときも持ち歩いて、駐車場からお店までの間で見つけたら拾う
- ランニングのときはゴム手袋をして、袋を持って走る。コースで見つけたら拾う
- 小さなゴミひとつでいい。一個でも入れたら、それでよしとする

はじめのころは、マスクを拾うのに抵抗がありました。人が口にしたものですから、やっぱり気になります。でも続けるうちに、それも自然と慣れていきました。
もちろん、どうしても無理なものもあります。あまりに汚れているものや、大きすぎるものは拾いません。無理なものは、見て見ぬふりをしてもいいのです。
ひすいさんも本のなかで、難しいものはスルーしていい、拾わなかったゴミに罪悪感を持たなくていい、と書いていました。無理せず、自分のやれる範囲でいい。その言葉に、ずいぶん肩の力が抜けました。
拾っていて感じる、小さな心の変化
ゴミをひとつ拾うと、ほんの少しだけ、すっきりします。「自分、ちょっと偉いな」と、しょぼい自己肯定感が、わずかに上がるのです。
ひすいさんは、本のなかで「優しい行動が、優しい気持ちを生む」というようなことを書いていました。やさしい気持ちがやさしい行動を生むのではなく、その逆もあるのだ、と。
これは、わたしにも少しだけ分かる気がします。やさしい気持ちになれない日でも、ゴミをひとつ拾うという「行動」が先にあると、あとから気持ちが少しだけやわらぐのです。
おもしろいのが、ランニング中です。走っていてゴミを見つけると、「拾おうか、どうしようか」と迷う瞬間があります。「まあ、いいか」と通り過ぎることもあります。
でも、しばらく走っていると、「やっぱり、さっきの拾えばよかったな」と、なんだか落ち着かなくなる。それで、わざわざ引き返して拾いに戻るのです。
戻りながら、「自分って、おもしろい人間だな」と、ひとりで少し笑ってしまいます。そういう自分のことが、ちょっとだけ好きになれる瞬間です。
じつは、人の目がいちばん恥ずかしい
正直に白状すると、わたしは人が見ている前では、ゴミを拾えません。誰かが通りかかると、その人が行ってしまうのを待ってしまいます。
「いい人ぶっているところを、見られたくない」。そんな気持ちが、どこかにあるのだと思います。だから、誰も見ていないのを確認してから、そっと拾っています。
かっこいい動機ではありません。でも、それでもいいのだと思っています。誰にも見られなくても、拾ったゴミはちゃんと減っている。それで十分です。
無理なく続けるために——ゆるいルールで
ひすいさんは、お気に入りの巾着袋を用意して、まずは試しに続けてみるといいとすすめていました。続けるときのルールも、とてもゆるいものです。
- ゴミを拾うのは、一日ひとつでもオーケー
- 鼻をかんだティッシュなど、難しいものはスルーしてオーケー
- 見逃したゴミに、罪悪感を持たなくてオーケー
- 忘れた日があってもオーケー。思い出した日から、また続ける
一日ひとつ拾ったって、意味がないように思えるかもしれません。でも、ひとつ拾えば、確実にひとつ分、地球はきれいになっています。わたしは、この考え方がとても好きです。
ちなみにわが家では、子どもが家のまわりのゴミを拾ってきたら、お小遣いを百円あげるようにしています。子どもは喜んで、けっこうたくさん拾ってきます。こういう気持ちが、少しでも伝わったらいいなと思っています。
それに、ゴミを拾う人は、ポイ捨てをしなくなります。わたしも、もう絶対にポイ捨てはしません。
これは、開運といえるのでしょうか
「で、結局ゴミ拾いで運はよくなったの?」と聞かれると、正直、はっきりとは分かりません。宝くじが当たったわけでも、急にお金が入ったわけでもありません。
ただ、わたしは今、個人事業主として、毎日をありがたく過ごせています。これは神様や、まわりの人たちのおかげだと、心から感謝しています。
ゴミを拾うとき、わたしは「神様、見ててね。少しだけ、きれいにするよ」というような気持ちでいます。そういう日々の積み重ねを、どこかで見ていてくれている気がする。わたしは、静かにそう感じています。
運がよくなるかどうかより、ゴミを拾うと、ささくれだった心が少し軽くなる。わたしにとっては、それがいちばんの効果かもしれません。
ゴミ拾いのよくある疑問
Q. 道具は、何を用意すればいいですか?
A. わたしは巾着袋に小さなビニール袋を入れて持ち歩いています。手で触りたくないときは、ゴム手袋やトングがあると安心です。なくても、袋ごしにつまめば大丈夫です。
Q. 人の目が気になって、なかなか拾えません。
A. よく分かります。わたしも同じです。誰も見ていないときにそっと拾う、で十分だと思います。恥ずかしさを無理に乗り越えなくて大丈夫です。
Q. どれくらいやれば、効果がありますか?
A. 何かが必ず変わる、という話ではありません。ただ、一個拾うだけでも、少し気持ちがすっきりすることはあります。回数や量を競わなくて大丈夫です。
まとめ——未熟なままでも、一個拾えばいい
わたしは、いまだに人をうらやんでしまう、未熟な人間です。ゴミ拾いをしたからといって、急に心がきれいになったわけではありません。
それでも、小さなゴミを一個拾うと、ささくれだった気持ちが、ほんの少しおさまります。「自分、ちょっと偉いな」と、自分を許せる瞬間が増えていきました。
やさしい気持ちになれなくても、やさしい行動を先にひとつ。そうしているうちに、気持ちはあとから、少しずつついてくるのかもしれません。
もし、人と比べてしんどくなっている夜があるなら。無理に立派な人にならなくて大丈夫です。明日の散歩のとき、足もとのゴミをひとつだけ拾ってみる。それくらいの軽い気持ちで、そっと始めてみてください。
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