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	<title>斎藤一人 &#8211; なんとかなるブログ</title>
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	<description>言葉ひとつで、心は軽くなる。</description>
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	<title>斎藤一人 &#8211; なんとかなるブログ</title>
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	<item>
		<title>「龍神結界塩」とは？斎藤一人さんの塩の作り方・使い方｜やり方を解説</title>
		<link>https://www.nantokanaru.net/ryujin-kekkaishio/904/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[claude-writer]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 30 Jun 2026 03:34:26 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[斎藤一人]]></category>
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					<description><![CDATA[不安な気持ちが続くとき、家の空気を整えたいとき。斎藤一人さんのファンの方の間で親しまれている、「龍神結界塩（りゅうじんけっかいえん）」という塩のおまじないがあります。 毎月決まった日時に、ふつうの自然塩に「波動を入れる」 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p class="wp-block-paragraph">不安な気持ちが続くとき、家の空気を整えたいとき。斎藤一人さんのファンの方の間で親しまれている、<strong>「龍神結界塩（りゅうじんけっかいえん）」</strong>という塩のおまじないがあります。</p>



<p class="wp-block-paragraph">毎月決まった日時に、ふつうの自然塩に「波動を入れる」とされる、ちょっと不思議な習慣です。わたしも、月に2回、ゆるく続けています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">この記事では、その<strong><span class="sbd-text-bg-yellow">作り方と使い方</span></strong>を、わかりやすくまとめます。</p>



<div class="wp-block-sbd-background-block sbd-bg-color sbd-inner-block-init is-style-yellow">
<p class="wp-block-paragraph"><span class="sbd-text-red">※「これをすれば必ず運がよくなる」という話ではありません。</span>あくまで、お守りやおまじないのような、心が少し落ち着くための習慣として読んでみてください。信じても信じなくても大丈夫です。</p>
</div>



<h2 class="wp-block-heading">龍神結界塩とは？</h2>



<p class="wp-block-paragraph">龍神結界塩とは、斎藤一人さんが<strong>毎月1日と15日の夜に、遠くから「波動」を入れてくれる</strong>とされる、自然塩のことです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">特別な塩を買う必要はありません。<strong>自分で用意したふつうの自然塩</strong>を、決まった時間に手元に置いておくだけ。それで「結界塩」になる、とされています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">その塩を靴に入れたり、家に置いたりして、<strong><span class="sbd-text-bg-yellow">自分や家を守る「結界」のように使う</span></strong>、という考え方です。難しい道具もいらないので、気軽に試せます。</p>



<p class="wp-block-paragraph">斎藤一人さんは、日本一の納税者として知られる実業家の方です。前向きな言葉や、暮らしのなかでできる小さな開運の習慣を、たくさん伝えてくださっています。龍神結界塩も、そのひとつです。</p>



<h3 class="wp-block-heading">なぜ1日と15日なの？</h3>



<p class="wp-block-paragraph">日本では昔から、<strong>1日と15日</strong>は神社にお参りをする「節目の日」とされてきました。月の始まりと真ん中、暮らしのリズムを整える日です。</p>



<p class="wp-block-paragraph">龍神結界塩も、この節目の日に行います。月に2回、立ち止まって心を整える日があると思うと、それだけで暮らしに小さな区切りができます。</p>



<h2 class="wp-block-heading">龍神結界塩の作り方</h2>



<p class="wp-block-paragraph">作り方は、おどろくほどシンプルです。手順はこれだけです。</p>



<ul class="wp-block-list is-style-sbd-noborder-orange">
<li><strong>① 自然塩を用意する</strong>……精製されていない自然塩を使います。斎藤一人さんのおすすめは「海の精」。手に入らなければ、伯方の塩など、ほかの自然塩でも大丈夫です</li>



<li><strong>② 毎月1日と15日の夜19時ちょうどにスタンバイ</strong>……その塩を、自分の目の前か手元に置いておきます</li>



<li><strong>③ 19時の時報と同時に、手を合わせる</strong>……心の中で「ひとりさん、ありがとうございます」と唱えます</li>



<li><strong>④ 30秒〜1分ほどで完成</strong>……これで「龍神結界塩」のできあがり、とされています</li>
</ul>



<p class="wp-block-paragraph">一度波動を入れた塩は、<strong>ずっとそのまま使える</strong>と言われています。毎回作り直さなくてよいので、気楽です。</p>



<div class="wp-block-sbd-background-block sbd-bg-color sbd-inner-block-init is-style-yellow">
<p class="wp-block-paragraph">使う塩は、斎藤一人さんおすすめの<strong>「海の精 あらしお」</strong>が定番です。伊豆大島の海水だけで作られた国産の自然塩で、毎日のお料理にもそのまま使えます。<a href="https://www.amazon.co.jp/dp/B000FQPS8S?tag=revolver0c5-22" rel="sponsored nofollow noopener" target="_blank">▶海の精 あらしお（赤ラベル）240g／Amazon</a></p>
</div>



<h2 class="wp-block-heading">龍神結界塩の使い方</h2>



<p class="wp-block-paragraph">できあがった結界塩は、いろいろな使い方があります。代表的なものを紹介します。</p>



<h3 class="wp-block-heading">靴に入れる（いちばん有名な使い方）</h3>



<p class="wp-block-paragraph">ひとつまみの塩を、いつも履く靴に入れます。このとき、<strong>かならず左足から、次に右足の順番</strong>で入れてください。逆にすると効かなかった、という声もあるそうです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">その靴で歩くと、歩いた場所が清められていく、と言われています。靴の中の塩は、<strong>月に1回くらい</strong>を目安に入れ替えるとよいそうです。</p>



<h3 class="wp-block-heading">部屋の四隅に置いて「結界」にする</h3>



<p class="wp-block-paragraph">部屋の四すみに、小さく三角（ピラミッド型）に盛って置くと、その部屋に結界を張れる、とされています。気になる部屋にどうぞ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">気になる場所にこっそり、料理にも</h3>



<p class="wp-block-paragraph">なんとなく空気が重いなと感じる場所に、そっとひとつまみ振りかけて清める使い方もあります。ふつうの自然塩なので、<strong>お料理にそのまま使っても大丈夫</strong>です。</p>



<h2 class="wp-block-heading">わたしのやり方</h2>



<p class="wp-block-paragraph">わたしは、1日と15日になると、<strong>家じゅうの塩を集めて、目の前に並べて</strong>波動を入れています。盛り塩用の塩も、持ち塩の塩も、まとめて一緒に。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ちなみに塩は、高いものでなくて大丈夫です。わたしは、<strong>食べる用には海の精を、盛り塩や持ち塩にはスーパーの手ごろな自然塩</strong>を、と使い分けています。気負わずに始められます。</p>



<p class="wp-block-paragraph">正直、効果のほどは、わたしにもよく分かりません。それでも、月に2回、手を合わせる時間があるというだけで、<strong>気持ちがすっと整う</strong>気がしています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">この結界塩は、<a href="https://www.nantokanaru.net/morishio-effect/445/">盛り塩</a>とあわせてやると、塩の習慣がひとつにまとまって続けやすいです。わたしは、盛り塩・持ち塩・結界塩を、ゆるくセットで暮らしに取り入れています。</p>



<h2 class="wp-block-heading">龍神結界塩のよくある疑問</h2>



<h3 class="wp-block-heading">Q. どんな塩でもいいですか？</h3>



<p class="wp-block-paragraph">A. 精製されていない自然塩がよいとされています。斎藤一人さんのおすすめは「海の精」ですが、伯方の塩など、ほかの自然塩でも大丈夫です。</p>



<h3 class="wp-block-heading">Q. 19時にどうしても間に合いません。</h3>



<p class="wp-block-paragraph">A. 無理のない範囲で大丈夫です。できる月にできるぶんだけ、で十分だと思います。きっちり毎回やらなければ、と気負わなくて大丈夫です。</p>



<h3 class="wp-block-heading">Q. 古くなった結界塩は、どうすればいいですか？</h3>



<p class="wp-block-paragraph">A. 自然塩なので、お料理に使い切ってしまっても大丈夫です。盛り塩のように見送る場合は、白い紙に包んで「ありがとう」と感謝してから処分する方もいます。決まりはないので、気持ちのよい方法でどうぞ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">Q. 信じていなくても、やっていいですか？</h3>



<p class="wp-block-paragraph">A. もちろんです。わたしも「効くかどうか」は分かりません。ただ、手を合わせて静かにする時間そのものが、心を少し落ち着けてくれます。お守りのような気持ちで十分だと思います。</p>



<h2 class="wp-block-heading">まとめ</h2>



<p class="wp-block-paragraph">龍神結界塩は、特別な道具もいらず、ふつうの自然塩ひとつから始められる、気軽なおまじないです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">運がよくなると保証できるものではありません。でも、月に2回、塩に手を合わせて静かにすごす。<strong>その時間が、心をそっと整えてくれます。</strong></p>



<p class="wp-block-paragraph">気になった方は、<span class="sbd-text-red">気負わずに、お守り感覚で</span>試してみてください。次の1日か15日の夜、自然塩を手元に置いておく。それだけで、始められます。</p>

]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>トイレ掃除で運気が変わる？｜小林正観さん・斎藤一人さんの教えと体験談</title>
		<link>https://www.nantokanaru.net/toire-souji/877/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[claude-writer]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 30 Jun 2026 01:17:25 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[小林正観]]></category>
		<category><![CDATA[斎藤一人]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.nantokanaru.net/?p=877</guid>

					<description><![CDATA[「トイレ掃除をすると、いいことがあるらしい」。そんな話を、どこかで耳にしたことがある人は、きっと多いと思います。 わたしも、そのひとりでした。半信半疑のまま、ある日とうとう、自分の手で便器をさわってみたのです。 この記事 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p class="wp-block-paragraph">「トイレ掃除をすると、いいことがあるらしい」。そんな話を、どこかで耳にしたことがある人は、きっと多いと思います。</p>



<p class="wp-block-paragraph">わたしも、そのひとりでした。半信半疑のまま、ある日とうとう、自分の手で便器をさわってみたのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">この記事では、小林正観さんや斎藤一人さんが語ってきた「トイレ掃除」の話と、実際にやってみたわたしの正直な体験を、いっしょに書いていきます。</p>



<div class="wp-block-sbd-background-block sbd-bg-color sbd-inner-block-init is-style-yellow">
<p class="wp-block-paragraph">先にお伝えしておきます。トイレ掃除をすれば<strong>必ずお金が入る、運が良くなる</strong>、という話ではありません。<span class="sbd-text-red">信じても、信じなくても大丈夫です。</span>「そう感じた人もいる」という、ゆるやかな範囲のお話として読んでください。</p>
</div>



<h2 class="wp-block-heading">わたしが、人生で初めて素手でトイレ掃除をした日</h2>



<p class="wp-block-paragraph">去年の夏のことです。わたしは生まれて初めて、素手でトイレ掃除をしました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">正直に言うと、「素手で掃除する」と聞いたとき、最初はその意味がよくわかりませんでした。<strong>本当に、素手で？</strong>と。考えただけで、少し身構えてしまう自分がいました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">でもあるとき、Xで、それを実際にやっている人の動画を見つけたのです。ほんとうに、素手で便器を磨いている人がいる。その姿になぜか胸を打たれて、「こんな人が、現実にいるんだ」と、わたしは少し感動してしまいました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">それで、自分でもやってみることにしました。自宅のトイレだったからか、思っていたほどの抵抗はありませんでした。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ところが——掃除をしている最中、<span class="sbd-text-bg-yellow">なぜだか、涙が出てきたのです。</span></p>



<p class="wp-block-paragraph">うまく言葉にできません。悲しいわけでも、つらいわけでもない。ただ、しゃがんで便器を磨いていたら、ふいに涙がこぼれてきた。自分でも「あれ？」と笑ってしまうような、不思議な時間でした。</p>



<p class="wp-block-paragraph">その日は「あの鐘を鳴らすのはあなた」という歌を聴きながら、二十分ほど、ただ黙々と磨きました。終わったあとの、あのすっきりとした気持ちよさは、今でもよく覚えています。</p>



<p class="wp-block-paragraph"><strong>「今日から毎日やろう」。</strong>そう、素直に思えた一日でした。</p>



<h2 class="wp-block-heading">きっかけは、櫻庭露樹さんの本でした</h2>



<p class="wp-block-paragraph">そもそも、わたしがトイレ掃除を始めたきっかけは、櫻庭露樹（さくらば つゆき）さんの本でした。</p>



<p class="wp-block-paragraph">櫻庭さんは、心学研究家の小林正観（こばやし せいかん）さんの教えを受け継いだ方として知られています。その本のなかで、<strong>「トイレ掃除をすると、臨時収入があるらしい」</strong>という話に出会ったのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ちなみに櫻庭さんは、家の物を思いきって手放す<a href="https://www.nantokanaru.net/zenshari/880/">全捨離（ぜんしゃり）</a>という考え方でも知られています。トイレ掃除と全捨離は、どこか同じ流れの上にあるのですね。</p>



<p class="wp-block-paragraph">正直に白状すると、はじめのわたしの動機は、かなり俗っぽいものでした。「お金が入るなら、やってみようかな」くらいの、軽い気持ちです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">でも、おもしろいことに、小林正観さんご自身が<span class="sbd-text-bg-yellow">「損得勘定でいいから、やってみよう」</span>と語っていたそうです。きれいな心でなくても、下心まじりでもかまわない、と。それを知って、なんだか少し肩の力が抜けました。</p>



<h2 class="wp-block-heading">トイレ掃除が「いい」と言われる、いくつかの理由</h2>



<p class="wp-block-paragraph">トイレ掃除がなぜいいと言われるのか。小林正観さんや斎藤一人さんは、それぞれの言葉で語っています。難しく考えず、「そんなふうに言う人もいるんだな」という気持ちで読んでみてください。</p>



<h3 class="wp-block-heading">小林正観さんの「宇宙の導管」のたとえ</h3>



<p class="wp-block-paragraph">小林正観さんは、こんなたとえを使いました。宇宙は、エネルギーがたっぷり蓄えられた大きなダム湖のようなもので、人はそこから流れを受け取る一本の導管（パイプ）のようなものだ、と。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「あれが欲しい、こうしたい」という気持ちが強すぎると、そのパイプが詰まってしまう。トイレ掃除は、その詰まりをそっと取り除く行いなのだ——そう考えたそうです。</p>



<h3 class="wp-block-heading">斎藤一人さんの「トイレに宿る神様」の話</h3>



<p class="wp-block-paragraph">一方、日本一の納税者として知られる斎藤一人さんは、トイレには<strong>烏枢沙摩明王（うすさまみょうおう）</strong>という神様が宿る、という言い伝えを紹介しています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">また、「家には七人の神様がいて、最後にトイレへやってくる神様が、いちばん大きな袋に宝物を入れている」というお話もあります。だからトイレを大切にすると、その神様によろこんでもらえる、というわけです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">斎藤一人さんは、トイレの蓋を閉めることを<span class="sbd-text-bg-yellow">「金かくし」</span>と呼んでいたそうです。良い気を外へ逃がさないように、という願いがこめられているのですね。</p>



<h3 class="wp-block-heading">小林正観さんの「そわか」の法則</h3>



<p class="wp-block-paragraph">小林正観さんは、人生がやさしく回り出すコツとして「そわか」という言葉も残しています。</p>



<ul class="wp-block-list is-style-sbd-noborder-orange">
<li>そ……掃除（トイレ掃除も、そのひとつ）</li>



<li>わ……笑い</li>



<li>か……感謝</li>
</ul>



<p class="wp-block-paragraph">掃除して、笑って、感謝する。たったそれだけのこと。でも、続けてみると、案外この三つはむずかしい。だからこそ、ひとつずつでいいのだと思います。</p>



<div class="wp-block-sbd-background-block sbd-bg-color sbd-inner-block-init is-style-yellow">
<p class="wp-block-paragraph">もちろん、これらは「必ずそうなる」という保証ではありません。<span class="sbd-text-red">信じられなくても、まったく問題ありません。</span>ただ、昔から多くの人が、こういう話を大切にしてきた。その事実が、わたしには少しあたたかく感じられます。</p>
</div>



<h2 class="wp-block-heading">無理のない、トイレ掃除の始め方</h2>



<p class="wp-block-paragraph">「やってみようかな」と思えたら、肩の力を抜いて、こんなふうに始めてみてください。</p>



<ul class="wp-block-list is-style-sbd-noborder-orange">
<li>まずは、便器の内側を、いつもより少していねいに磨く</li>



<li>フチの裏や床も、気づいたところだけでいい</li>



<li>終わったら、トイレの蓋をそっと閉める</li>



<li>できれば、毎日少しずつ続けてみる</li>



<li>好きな音楽を流しながらでも大丈夫</li>
</ul>



<p class="wp-block-paragraph">素手でやるかどうかは、<span class="sbd-text-bg-yellow">無理をしなくて大丈夫です。</span>わたしは素手でやってみて、たまたま心が動きましたが、ゴム手袋でも、掃除の道具を使っても、気持ちはちゃんとこもります。<span class="sbd-text-red">自分が続けられるやり方が、いちばんです。</span></p>



<p class="wp-block-paragraph">「感謝の気持ちで」と言われると身構えてしまいますが、最初は「ありがとう」と心の中でつぶやくくらいで十分だと、わたしは思っています。</p>



<h2 class="wp-block-heading">続けてみて、わたしに起きた小さな変化</h2>



<p class="wp-block-paragraph">あれから、わたしは今もトイレ掃除を続けています。正直なところ、<strong>慣れてしまえば、まったく苦になりません。</strong>毎日のことなので、もう特別なことだとも思わなくなりました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">おもしろいもので、汚れたものを手でさわることへの抵抗も、いつのまにか薄れていました。掃除を終えたあとは、<span class="sbd-text-bg-yellow">心が少し洗われるような感覚</span>があります。</p>



<p class="wp-block-paragraph">お金の話も、正直に書いておきます。じつは、ちょっとした臨時収入のような出来事が、わたしにもありました。あるキャンペーンに応募したら、二万円分のポイントが当たったのです。</p>



<div class="wp-block-sbd-background-block sbd-bg-color sbd-inner-block-init is-style-yellow">
<p class="wp-block-paragraph">もちろん、これをトイレ掃除のおかげだと言い切るつもりはありません。<span class="sbd-text-red">ただの偶然かもしれませんし、同じことが起きると保証もできません。</span>そういう小さな出来事が、たまたまあった——という、それだけのお話です。</p>
</div>



<p class="wp-block-paragraph">むしろ最近のわたしは、お金は少し<strong>怖いもの</strong>だとも感じています。大金がほしいという気持ちは、だれにでもあると思います。でも、大きなお金には、大きな重さもある。そう思うようになってから、宝くじを買うのもやめました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">お金が増えた、というより、お金との<span class="sbd-text-bg-yellow">ちょうどいい距離感</span>のようなものが、自分の中で少し変わった。トイレ掃除を続けて、わたしが受け取ったいちばん大きなものは、たぶんそれだと思っています。</p>



<h2 class="wp-block-heading">蓋を閉めるのは、わたしだけの習慣</h2>



<p class="wp-block-paragraph">トイレの蓋を閉めること。これは、わたしは毎回かならず守っています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ただ、白状すると、<strong>家族はまったく協力してくれません。</strong>「閉めてね」と何度お願いしても、開けっ放しのままです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">でも、それでいいのだと、思うようになりました。<span class="sbd-text-bg-yellow">人は、なかなか変えられません。</span>たとえ家族であっても、です。だから、わたしは気づいたときに、そっと自分で閉める。<span class="sbd-text-red">自分のぶんだけ守れたら、それでいい。</span></p>



<p class="wp-block-paragraph">これも、トイレ掃除がそっと教えてくれたことのひとつ、なのかもしれません。</p>



<h2 class="wp-block-heading">うまく続けられない日もある</h2>



<p class="wp-block-paragraph">毎日やろう、と決めても、できない日はきます。疲れている日、気持ちが沈んでいる日。そういう日に、無理にやる必要はありません。</p>



<p class="wp-block-paragraph">小林正観さんは、効果を感じられない人の特徴として、不平不満や愚痴が多いこと、いつもイライラしていることを挙げていたそうです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">でも、これは誰かを責めるための言葉ではないと、わたしは受け取っています。掃除そのものより、<strong>そのときの心のありようが、やさしくほどけているかどうか</strong>のほうが、たぶん大事なのでしょう。</p>



<p class="wp-block-paragraph">できない日があってもいい。また気が向いたら、しゃがんでみる。それくらいの距離感で、ちょうどいいのだと思います。</p>



<h2 class="wp-block-heading">よくある質問</h2>



<h3 class="wp-block-heading">Q. お金や臨時収入は、本当に入るのですか？</h3>



<p class="wp-block-paragraph">A. わたしの場合は、ちょっとした臨時収入のような出来事がありました。でも、それが掃除のおかげかどうかはわかりませんし、保証もできません。お金のためというより、心が整う時間として続けるほうが、結局はいちばん長続きするように思います。</p>



<h3 class="wp-block-heading">Q. 素手でやらないと意味がないですか？</h3>



<p class="wp-block-paragraph">A. そんなことはありません。素手は「より気持ちがこもる」という人もいますが、手袋でも道具でも大丈夫です。自分が心地よく続けられる形を選んでください。</p>



<h3 class="wp-block-heading">Q. 毎日できないと、ダメですか？</h3>



<p class="wp-block-paragraph">A. 大丈夫です。できる日に、できるだけ。続かない自分を責めないことのほうが、ずっと大切だと思います。</p>



<h3 class="wp-block-heading">Q. 信じていなくても、やっていいのでしょうか？</h3>



<p class="wp-block-paragraph">A. もちろんです。「損得勘定でいい」と言われるくらいですから、半信半疑のままで、まったく問題ありません。</p>



<h2 class="wp-block-heading">まとめ</h2>



<p class="wp-block-paragraph">トイレ掃除をしたからといって、人生が劇的に変わるわけではないかもしれません。</p>



<p class="wp-block-paragraph">でも、しゃがんで、黙々と便器を磨いたあの二十分、わたしの心は確かに少しだけ静かになりました。涙が出て、すっきりして、「明日もやろう」と思えた。<span class="sbd-text-bg-yellow">それだけで、十分だったのです。</span></p>



<p class="wp-block-paragraph">もしあなたが、なんだか心のざわざわする夜をすごしているなら。お金のためでも、運のためでもなく、ただ自分の手で、いちばん小さな場所をきれいにしてみる。<span class="sbd-text-red">そんな時間が、そっと味方になってくれることがあります。</span></p>



<p class="wp-block-paragraph">無理のない範囲で、よかったら、いっしょに始めてみませんか。</p>



<h2 class="wp-block-heading">もっと知りたい方へ（本・朗読）</h2>



<p class="wp-block-paragraph">わたしがトイレ掃除を始めるきっかけになった櫻庭露樹さんの本や、小林正観さんの考え方は、本でじっくり読むと、また違う発見があります。</p>



<div class="wp-block-sbd-background-block sbd-bg-color sbd-inner-block-init is-style-yellow">
<p class="wp-block-paragraph">▼ わたしのきっかけになった一冊</p>



<p class="wp-block-paragraph"><a href="https://www.amazon.co.jp/dp/4866800690/?tag=revolver0c5-22" rel="sponsored nofollow noopener" target="_blank">世の中の運がよくなる方法を試してみた（櫻庭露樹・著／Amazon）</a></p>
</div>



<p class="wp-block-paragraph">じつはわたしは、この本をAudible（オーディブル）で“聴いて”知ったひとりです。トイレ掃除のことも、この一冊のなかで語られています。本を読む時間がなかなかとれない方は、家事をしながら、寝る前のひとときに、耳で聴いてみるのもおすすめです。</p>



<p class="wp-block-paragraph"><a href="https://www.audible.co.jp/pd/B0CQYCDCGC?tag=revolver0c5-22" rel="sponsored nofollow noopener" target="_blank">▶ Audible版「世の中の運がよくなる方法を試してみた」を聴いてみる</a></p>

]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>「困ったことは起こらない」斎藤一人さんの教え｜すべてはよくなると思えた体験談</title>
		<link>https://www.nantokanaru.net/saitou-hitori-notrouble/426/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[claude-writer]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 12 Aug 2025 21:50:57 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[斎藤一人]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.nantokanaru.net/?p=426</guid>

					<description><![CDATA[思いがけず大きな役が回ってきて、「どうしよう、わたしにできるかな」と、胸がざわざわすることがあります。 そんなとき、わたしの心をそっと支えてくれるのが、斎藤一人さんの「困ったことは起こらない」という言葉です。 この記事で [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p class="wp-block-paragraph">思いがけず大きな役が回ってきて、「どうしよう、わたしにできるかな」と、胸がざわざわすることがあります。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そんなとき、わたしの心をそっと支えてくれるのが、斎藤一人さんの<strong>「困ったことは起こらない」</strong>という言葉です。</p>



<p class="wp-block-paragraph">この記事では、この言葉がどんな意味なのかを整理したあと、わたしが実際にこの言葉に助けられた、じゃんけんにまつわる正直な体験を、そのままお話しします。</p>



<div class="wp-block-sbd-background-block sbd-bg-color sbd-inner-block-init is-style-yellow">
<p class="wp-block-paragraph"><span class="sbd-text-red">※ 信じても、信じなくても大丈夫です。</span>何かが必ず変わる、という保証の話ではありません。あくまで「そう受け止めると、少し楽になる人もいる」という範囲の、やさしいお守りのような言葉です。</p>
</div>



<h2 class="wp-block-heading">「困ったことは起こらない」とは、どんな言葉か</h2>



<p class="wp-block-paragraph">「困ったことは起こらない」は、日本一の納税者として知られる実業家・斎藤一人さんが、よく口にしてきた言葉です。</p>



<p class="wp-block-paragraph">字面だけ見ると、「困ったことなんて何も起きないよ」という、少し無理のある言葉に感じるかもしれません。</p>



<p class="wp-block-paragraph">でも、斎藤一人さんが伝えているのは、そういう意味ではないのだと、わたしは受け止めています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">目の前で起きたことを「困った」と決めつけるのではなく、<span class="sbd-text-bg-yellow">「これは、いまの自分に必要だから起きたこと」</span>と、受け止め直してみる。そういう視点の言葉です。</p>



<p class="wp-block-paragraph">つまり、起きたことは「困りごと」ではなく、<strong>自分を育てるための、必要な出来事だった</strong>——そんなふうに、意味の置きかたを少しずらしてみる、ということなのだと思います。</p>



<p class="wp-block-paragraph">これは、無理にポジティブになろうとする話とは、少し違います。「つらい」と感じている気持ちを、むりやり「うれしい」に変える必要はありません。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ただ、<span class="sbd-text-red">「これは困ったことじゃないのかもしれない」</span>と、ほんの少し肩の力を抜くための、受け止め方のひとつなのだと思っています。</p>



<h2 class="wp-block-heading">わたしがこの言葉に出会ったきっかけ</h2>



<p class="wp-block-paragraph">正直にお話しすると、この言葉をどこで最初に知ったのか、はっきりとは思い出せません。</p>



<p class="wp-block-paragraph">本だったか、動画だったか、耳で聴く本（オーディブル）だったか。とにかく、斎藤一人さんが語っているのを、どこかで見聞きしたのがきっかけでした。</p>



<p class="wp-block-paragraph">わたしは斎藤一人さんの言葉を、そうやって少しずつ、生活のすきまで受け取ってきました。難しい理屈ではなく、<strong>ふっと心に残る短い言葉</strong>が多いのが、ありがたいところです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「困ったことは起こらない」も、その中のひとつとして、いつのまにか、わたしの心の引き出しに入っていました。</p>



<h2 class="wp-block-heading">じゃんけんで、まさかの学年委員長になった話</h2>



<p class="wp-block-paragraph">わたしがこの言葉にいちばん強く支えられたのは、3年前、上の子の学校で、PTAの学年委員長になってしまったときのことです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">しかも、お願いされて引き受けたわけではありません。<strong>じゃんけんで決まった</strong>のです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">その学年は、3クラスありました。まず各クラスで代表を1人ずつ決めて、その3人の代表が集まって、そこから委員長を1人、副委員長を2人決める——そういう流れでした。</p>



<p class="wp-block-paragraph">正直なところ、わたしはいちばん最初——まだクラスの代表を決める段階から、どこかのんびり構えていました。「こういうのは、きっと誰か『やります』と手を挙げる、物好きな人がいるだろう」と、そう思っていたのです。</p>




<p class="wp-block-paragraph">だから、まさか自分がやることになるなんて、その時点では夢にも思っていませんでした。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ところが、いざ3人で集まってみると、進んで委員長をやりたいという人は、いませんでした。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そして、じゃんけんが始まりました。「あ、まあ大丈夫でしょう」——そんな軽い気持ちで手を出していたら、そのまま、ずるずると決まってしまったのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">負けた瞬間、心の中に出てきた言葉は、<span class="sbd-text-bg-yellow">「やば。どうしよう、どうしよう」</span>でした。</p>



<p class="wp-block-paragraph">まわりの保護者の方たちは、正直、ほっとした顔をしていました。「お願いします」「何でも手伝いますから」と。その気持ちも、よく分かります。少し前まで、わたしも同じ側にいたのですから。</p>



<h2 class="wp-block-heading">いちばん怖かったのは、人前で話すことでした</h2>



<p class="wp-block-paragraph">初めての委員長。経験もなく、これから何がどうなるのか、まったく分かりません。とにかく、不安でいっぱいでした。</p>



<p class="wp-block-paragraph">なかでも、いちばん怖かったのは——<strong>人前で話すこと</strong>でした。</p>



<p class="wp-block-paragraph">わたしは、もともと人前がものすごく苦手です。赤面症で、たくさんの人の前に立つと思うだけで、顔がかっと熱くなります。</p>



<p class="wp-block-paragraph">委員長になれば、大勢の保護者の前で話す場面が、きっとある。<span class="sbd-text-bg-yellow">その姿を想像しただけで、もう、いやでいやでたまりませんでした。</span></p>



<p class="wp-block-paragraph">おもしろいもので、じゃんけんで決まったその日の夜は、意外と平気だったのです。話し合いのあいだは「やるしかない」とアドレナリンが上がっていて、家族に「え、まじで?」と驚かれても、「まあ、こういうことも経験だよな」と、乗り気ですらありました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ところが——次の日の朝、目が覚めて現実を思い出したとたん、<strong>ものすごい不安が、どっと押し寄せてきました。</strong></p>



<p class="wp-block-paragraph">あの前向きさは、アドレナリンだったんだな、と思います。ああいう高ぶりは、一晩眠ると、すっと引いてしまうのですね。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そこからは、当日を迎えるまでの毎日が、とにかく重たかったです。人前で話す場面を思い浮かべては、不安で、不安で。<strong>本番よりも、それまでの時間のほうが、ずっとしんどい。</strong>そんな日々でした。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「困ったことは起こらない、これも必然」と思えたら</h2>



<p class="wp-block-paragraph">その、押しつぶされそうな不安のなかで、ふと思い出したのが、この言葉でした。</p>



<p class="wp-block-paragraph"><strong>「困ったことは起こらない。ということは、これは必然なんだ」</strong>と。</p>



<p class="wp-block-paragraph">じゃんけんという、まったくの偶然で決まったことです。それなのに——いえ、だからこそ、こう思い直してみました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">この役がわたしのところに来たのには、意味がある。人前が苦手なわたしにこそ、必要だから来たことなんだ、と。</p>



<ul class="wp-block-list is-style-sbd-noborder-orange">
<li>これは「困ったこと」じゃない</li>



<li>苦手なわたしを育てるために、回ってきたことなんだ</li>



<li>だったら、いまのわたしにできる範囲で、やってみよう</li>
</ul>



<p class="wp-block-paragraph">不安がゼロになったわけではありません。それでも、「これは必然なんだ」と思えたぶんだけ、当日までの重たい日々を、なんとか歩いていけました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そして、迎えた当日。<span class="sbd-text-bg-yellow">いざ本番になってみると、意外と、大丈夫だったのです。</span></p>



<p class="wp-block-paragraph">正直に言うと、行事の段取りや、とりまとめの仕事そのものは、そこまで苦手ではありませんでした。準備は委員長が動くしかないので、基本は自分でやりましたが、それは意外と、いやではなかったのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そして、いちばん怖かった当日は、<strong>まわりの人が、ものすごく助けてくれました。</strong>あれだけ想像でふくらませていた恐怖は、実際にはそこまでではありませんでした。</p>



<p class="wp-block-paragraph">いま振り返ると、いちばんつらかったのは、実際の本番ではなく、<strong>「どうなるか分からない」まま不安を想像していた時間</strong>だったのだと思います。その時間を、この言葉と一緒に、なんとか越えられました。</p>



<h2 class="wp-block-heading">そして今、まさかの2回目——すべてはよくなる</h2>



<p class="wp-block-paragraph">実は、いままた、わたしはこの委員長をやっています。3年前の上の子のときが終わって、今度は下の子で——またもや、じゃんけんで。<strong>まさかの、2回目</strong>です。</p>



<p class="wp-block-paragraph">2回ともじゃんけんで決まった、というのは、我ながら、よくよく縁があるなあと思います。</p>



<p class="wp-block-paragraph">でも、今回は、あのときほどの不安はありません。<span class="sbd-text-bg-yellow">一度やれたから、たぶん、今回もやれる。</span>そう思えている自分がいます。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ひとつ、正直に書いておきたいことがあります。わたしの赤面症は、いまも治っていません。人の目が気になる気持ちも、完全に消えたわけではないのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ただ、こういう場面を何度も経験するうちに、<strong>少しずつ、慣れてきました。</strong>以前ほど人の目が気にならなくなって、話す内容のほうに集中できるようになってきた——ほんの少しずつ、ですが。</p>



<p class="wp-block-paragraph">この言葉が、赤面症を魔法のように治してくれたわけではありません。それでも、「これも必然」と受け止めながら場数を踏むうちに、前よりは少しだけ、人前に立てるようになった気がしています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">あんなに怖かった1回目を、この言葉と一緒に越えられた。その一歩が、いまの小さな自信になっているのだと思います。困ったように見えた出来事は、やっぱり、<strong>わたしに必要な必然だった</strong>のかもしれません。</p>



<p class="wp-block-paragraph">こうして振り返ると、困ったように見える出来事も、ぜんぶ、<span class="sbd-text-bg-yellow">よくなっていく途中の一場面なのかもしれない</span>、と思えてきます。あわてなくても、<strong>すべてはよくなっていく</strong>。そんなふうに思えると、少しだけ、肩の力が抜けます。</p>



<p class="wp-block-paragraph">これは、小林正観さんの「人生はシナリオ通り」という考え方にも、どこか通じる気がしています。起きることは、もともと決まっていた大切な流れの一部なんだ、という受け止め方です。</p>



<p class="wp-block-paragraph">わたしの場合はPTAでしたが、これはきっと、場所が違っても同じだと思います。会社で大きな役を任された人も、町内会の役が回ってきた人も。「どうしよう、わたしにできるかな」——あのざわざわは、みんな一緒です。</p>



<p class="wp-block-paragraph">斎藤一人さんには、ほかにも<a href="https://www.nantokanaru.net/dandanyokunaru-experience/179/">「だんだんよくなる」</a>や<a href="https://www.nantokanaru.net/nantokanaru/116/">「なんとかなる」</a>といった、心をゆるめてくれる言葉がたくさんあります。どれも、急がなくていいよ、と背中をなでてくれるような言葉です。</p>



<p class="wp-block-paragraph">わたしが斎藤一人さんの言葉に出会えたのも、耳で聴く本がきっかけでした。</p>



<div class="wp-block-sbd-background-block sbd-bg-color sbd-inner-block-init is-style-yellow">
<p class="wp-block-paragraph">📘 わたしが斎藤一人さんの言葉に出会えたのは、<a href="https://www.amazon.co.jp/b?node=7471076051&amp;linkCode=ll2&amp;tag=revolver0c5-22&amp;linkId=eebd9eccbcb4f7093febfcd68b0ee78a&amp;ref_=as_li_ss_tl" target="_blank" rel="sponsored nofollow noopener">オーディブル（耳で聴く本）</a>がきっかけでした。無料体験から始められるので、活字を読むと眠くなってしまう方や、家事や通勤のあいだに聴きたい方にも向いています。</p>
</div>



<h2 class="wp-block-heading">よくある疑問</h2>



<h3 class="wp-block-heading">Q. 信じられないときも、思い出していいのでしょうか？</h3>



<p class="wp-block-paragraph">A. 大丈夫です。「本当かな」と思いながらでも、かまいません。信じ切れないまま口にした日も、わたしにはたくさんあります。効くかどうかを決めなくても、思い出すこと自体が、少し気持ちを整える時間になります。</p>



<h3 class="wp-block-heading">Q. どう見ても「困ったこと」が起きたときは、どうすれば？</h3>



<p class="wp-block-paragraph">A. 無理に「これはいいことだ」と意味づけしなくて大丈夫です。つらいものは、つらい。それでいいのです。少し落ち着いてから、「もしかしたら、別の見方もあるのかな」と、そっと触れてみるくらいで十分だと思います。</p>



<h3 class="wp-block-heading">Q. 何回くらい思い出せばいいですか？</h3>



<p class="wp-block-paragraph">A. 回数の決まりはありません。不安になったそのときに、ふっと思い出す。わたしは、それだけで続けています。がんばって唱えようとしなくても、大丈夫です。</p>



<h2 class="wp-block-heading">まとめ</h2>



<p class="wp-block-paragraph">「困ったことは起こらない」は、困りごとをなかったことにする言葉ではありません。</p>



<p class="wp-block-paragraph">目の前で起きたことを、「困った」ではなく<strong>「わたしに必要だから起きた、必然のこと」</strong>として受け止め直す。そうすると、不安の重さが、少しだけ軽くなることがあります。</p>



<p class="wp-block-paragraph">わたし自身、じゃんけんでまさかの学年委員長になり、人前で話すのが怖くて、当日まで不安に押しつぶされそうになったとき、この言葉に、そっと支えてもらいました。実際にやってみたら、まわりに助けられて、なんとか越えられたのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph"><span class="sbd-text-red">信じられなくても大丈夫。うまく思えなくても大丈夫です。</span></p>



<p class="wp-block-paragraph">思いがけない役が回ってきて、胸がざわざわした朝に。「困ったことは起こらない、これも必然」と、心の中でそっとつぶやいてみる。この記事が、その小さなきっかけになれたら、うれしいです。</p>

]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>人間関係に疲れたとき｜斎藤一人さん・小林正観さんに学んだ、心が軽くなる付き合い方</title>
		<link>https://www.nantokanaru.net/kobayasi-seikan-relationships/378/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[claude-writer]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 17 Jul 2025 02:48:47 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[小林正観]]></category>
		<category><![CDATA[斎藤一人]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.nantokanaru.net/?p=378</guid>

					<description><![CDATA[気の合わない人とも、なんとなく付き合っていかないといけない。逃げられそうで、逃げられない。人間関係のそういう疲れは、ふとした夜に、じわりと重くのしかかってきます。 この記事では、わたし自身が人間関係でしんどくなったときに [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p class="wp-block-paragraph">気の合わない人とも、なんとなく付き合っていかないといけない。逃げられそうで、逃げられない。人間関係のそういう疲れは、ふとした夜に、じわりと重くのしかかってきます。</p>



<p class="wp-block-paragraph">この記事では、わたし自身が人間関係でしんどくなったときに、少し楽になれた考え方を、正直にお伝えします。<strong>斎藤一人さんと小林正観さん、おふたりの教え</strong>を、わたしの体験にそえながらご紹介します。</p>



<div class="wp-block-sbd-background-block sbd-bg-color sbd-inner-block-init is-style-yellow">
<p class="wp-block-paragraph"><span class="sbd-text-red">※うまく割り切れなくても、大丈夫です。</span>人間関係の正解は、人それぞれです。「こうすれば必ずうまくいく」という話ではなく、少し肩の力が抜けるきっかけになれば、という記事です。</p>
</div>



<h2 class="wp-block-heading">気の合わない人は、どうしても出てきます</h2>



<p class="wp-block-paragraph">まず、大前提として。<strong>気の合う人・合わない人がいるのは、とても自然なことです。</strong>どんな場所にも、「ちょっと苦手だな」と感じる人は、必ずと言っていいほどいます。</p>



<p class="wp-block-paragraph">わたし自身、あまりおしゃべりな方ではないので、<span class="sbd-text-bg-yellow">勢いのある、にぎやかなタイプの人は、正直すこし苦手です。</span>合わせようとすると、どっと疲れてしまいます。</p>



<p class="wp-block-paragraph">それでも、付き合いを完全になくすわけにはいかない場面もあります。たとえば、子どもの習い事やスポーツの、保護者どうしの付き合いなどです。</p>



<h2 class="wp-block-heading">わたしは、無理に友達にならなくていいと思っています</h2>



<p class="wp-block-paragraph">そういう「逃げられない付き合い」の中で、わたしがたどりついた気持ちは、とてもシンプルです。<strong>無理に、友達にならなくていい。</strong></p>



<p class="wp-block-paragraph">ずっと一緒にいるわけでもありませんし、深く仲良くならなければいけない決まりもありません。<span class="sbd-text-bg-yellow">なんとなく感じよく接して、なんとなく過ごしていれば、それで十分。</span>わたしは、そう考えるようにしています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そう思えるようになってから、人と会う前の気の重さが、ずいぶん軽くなりました。「仲良くしなきゃ」と気負わないだけで、こんなに楽になるのかと、自分でも少し驚いたほどです。</p>



<h2 class="wp-block-heading">小林正観さんに学ぶ「悪口を言わない」ということ</h2>



<p class="wp-block-paragraph">ここで、おひとり目の教えです。<strong>たくさんの本を書かれた心学研究家・小林正観さん</strong>は、「五戒（ごかい）」という考え方を伝えていました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">五戒とは、<span class="sbd-text-bg-yellow">「不平不満・愚痴・泣き言・悪口・文句」の5つを、できるだけ口にしない</span>、という心がけのことです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">じつは、これはわたしがずっと大事にしてきたことと、そのまま重なりました。<strong>わたしは、人の悪口が本当に苦手です。</strong>表面上はにこやかにしていても、裏で誰かの悪口を言い合う——ああいう空気が、どうしても好きになれません。</p>



<p class="wp-block-paragraph">それに、どんな人にも、いいところは必ずあります。<strong>それなのに、なぜ悪いところばかり探して口にするのだろう</strong>、と、わたしはいつも不思議に思うのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">悪口を言わないと決めるだけで、心の中が、ずいぶん静かになります。人のいいところに目を向けているほうが、自分自身も、ずっと穏やかでいられる気がしています。</p>



<h2 class="wp-block-heading">斎藤一人さんに学ぶ「みんなに好かれようとしない」</h2>



<p class="wp-block-paragraph">おふたり目は、<strong>日本一の納税者として知られる実業家・斎藤一人さん</strong>です。斎藤一人さんは、人間関係について、こんなことを伝えています。</p>



<p class="wp-block-paragraph"><span class="sbd-text-bg-yellow">みんなに好かれようとすると、かえってうまくいかない。</span>明るく、やさしく接して、それでも合わない人がいるなら、無理をして付き合わなくていい——という考え方です。</p>



<p class="wp-block-paragraph">人には、波長のようなものがあります。自分が自分らしくしていれば、<strong>縁のある人は自然と近づき、縁のない人は自然と離れていく</strong>。だから、去っていく人を無理に引き止めなくていいのだ、と。</p>



<p class="wp-block-paragraph">この教えは、わたしの背中をそっと押してくれました。<strong>辛い思いをしてまで、その関係を続けなくてもいい。</strong>まずは、自分を大切にする。会社のように逃げにくい場所でも、本当に無理なら、離れる道はちゃんとあります。</p>



<h2 class="wp-block-heading">正直な話——きれいに割り切れているわけではありません</h2>



<p class="wp-block-paragraph">ここは、正直に書いておきます。<strong>わたしも、いつも堂々と割り切れているわけではありません。</strong></p>



<p class="wp-block-paragraph">苦手な人がいても、その場ではやっぱり、表面上はにこやかに合わせています。心の中では気が進まなくても、波風を立てないように、なんとなく笑顔でやり過ごす。そんな自分も、たしかにいます。</p>



<p class="wp-block-paragraph">それでいいのだと、わたしは思っています。<span class="sbd-text-bg-yellow">全員と心から仲良くなる必要はありません。</span>ただ、その中でも「悪口には加わらない」——わたしにとっての一線は、それくらいのシンプルなものです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">無理に自分を変えなくても、たったひとつ「自分はこうする」という線を持っておくだけで、人間関係は少し楽になります。</p>



<h2 class="wp-block-heading">よくある疑問</h2>



<h3 class="wp-block-heading">Q. 苦手な人と、どうしても付き合わないといけません。どうすれば？</h3>



<p class="wp-block-paragraph">A. 「友達になる」ではなく「なんとなく感じよく接する」くらいに、目標を下げてみてください。深く関わろうとしないだけで、気持ちはずいぶん軽くなります。</p>



<h3 class="wp-block-heading">Q. 周りが悪口で盛り上がっているとき、どうしていますか？</h3>



<p class="wp-block-paragraph">A. わたしは、加わらずに、そっと聞き流しています。否定して波風を立てる必要はありません。ただ自分は言わない、というだけで十分だと思っています。</p>



<h3 class="wp-block-heading">Q. 「離れていい」と言われても、なかなか離れられません。</h3>



<p class="wp-block-paragraph">A. すぐに離れなくても大丈夫です。まずは心の中で「無理に仲良くしなくていい」と思うだけでも、距離が生まれます。離れるかどうかは、そのあと、ゆっくり決めればいいことです。</p>



<h2 class="wp-block-heading">おわりに</h2>



<p class="wp-block-paragraph">人間関係の悩みは、たぶん、生きているかぎりなくなりません。それでも、<strong>「無理に友達にならない」「悪口は言わない」「自分を大切にする」</strong>——この3つを心に置いておくだけで、ずいぶん呼吸がしやすくなります。</p>



<p class="wp-block-paragraph">もし今、誰かとの関係でくたびれているなら、どうか思い出してください。<span class="sbd-text-red">辛い思いをしてまで、続けなくていいのです。</span>そして、あなたが嫌だと感じているその人にも、きっと、どこかにいいところはあります。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ひとりでいることが悪いわけでもありません。そのあたりのことは、<a href="https://www.nantokanaru.net/saitou-hitori-friendless/243/">「友達がいないのは悪いこと？」</a>という記事にも書いていますので、よかったらのぞいてみてください。うまくいかない日は、<a href="https://www.nantokanaru.net/nantokanaru/116/">「大丈夫、なんとかなる」</a>と、そっと自分に言ってあげてくださいね。</p>

]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>「大丈夫だよ、すべてはうまくいっている」斎藤一人さんの言葉｜後悔が軽くなった体験談</title>
		<link>https://www.nantokanaru.net/ochi-keiko-umakuitteiru/367/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[claude-writer]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 16 Jul 2025 02:17:29 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[斎藤一人]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.nantokanaru.net/?p=367</guid>

					<description><![CDATA[あのとき、こっちを選んでよかったのだろうか。夜、布団に入ってから、自分のした選択をぐるぐると思い返して、なかなか眠れない。そんな夜が、わたしにもあります。 そういうとき、わたしが心の中でそっと唱えている言葉があります。「 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p class="wp-block-paragraph">あのとき、こっちを選んでよかったのだろうか。夜、布団に入ってから、自分のした選択をぐるぐると思い返して、なかなか眠れない。そんな夜が、わたしにもあります。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そういうとき、わたしが心の中でそっと唱えている言葉があります。<strong>「大丈夫だよ、すべてはうまくいっている」</strong>という言葉です。</p>



<div class="wp-block-sbd-background-block sbd-bg-color sbd-inner-block-init is-style-yellow">
<p class="wp-block-paragraph"><span class="sbd-text-red">※信じても、信じなくても大丈夫です。</span>「唱えれば必ず良くなる」というお話ではありません。後悔を引きずりやすいわたしが、この言葉にどう助けられているかを、正直にお伝えするだけの記事です。</p>
</div>



<h2 class="wp-block-heading">「すべてはうまくいっている」とは、どんな言葉か</h2>



<p class="wp-block-paragraph">「すべてはうまくいっている」という言葉は、聞いただけで、少し肩の力が抜けるような響きを持っています。<span class="sbd-text-bg-yellow">今うまくいっていないように見えても、大きな流れで見れば、ちゃんと良い方へ向かっている</span>——そんなふうに、心の向きをやさしく変えてくれる言葉です。</p>



<p class="wp-block-paragraph">この言葉を、わたしは<strong>『大丈夫だよ、すべてはうまくいっているからね。』</strong>という一冊を通して知りました。書かれたのは、<strong>日本一の納税者として知られる実業家・斎藤一人さん</strong>です。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そして、この言葉には、わたしの好きな“続き”があります。<span class="sbd-text-bg-yellow">「すべてはうまくいっている。すべってもうまくいっている」</span>という言い回しです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「すべった」というのは、つまり失敗のことですね。<strong>失敗しても、転んでも、それすらも大きな目で見れば大丈夫なんだよ</strong>、という、ちょっとした言葉遊びのようなやさしさです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">この「すべってもうまくいっている」という言い回しは、精神科医の越智啓子さんの言葉だそうです。わたしは、ひすいこたろうさんの動画で、この続きを知りました。</p>



<h2 class="wp-block-heading">わたしが、この言葉に出会うまで</h2>



<p class="wp-block-paragraph">じつは、この『大丈夫だよ、すべてはうまくいっているからね。』という本は、<strong>わたしが斎藤一人さんという方を知る、いちばん最初のきっかけ</strong>でもありました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">本を手で読んだのではなく、<strong>オーディブル（耳で聴く読書）</strong>で出会いました。家事をしながら、歩きながら、耳から「大丈夫だよ、すべてはうまくいっているからね」という言葉が流れてくる。それが、思っていた以上に、じんわりと心に残ったのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">あのとき耳から入ってきた言葉が、今も、迷ったときのわたしの支えになっています。</p>



<h2 class="wp-block-heading">わたしの使い方は、心の中でそっと</h2>



<p class="wp-block-paragraph">わたしは、この言葉を<strong>声に出すことは、あまりありません。</strong>たいていは、心の中でそっとつぶやいています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">人は毎日、大小いろいろな選択をしながら生きています。そして、どちらを選んでも、あとから<strong>「あっちにしておけばよかったかな」</strong>と思う瞬間は、どうしても出てきます。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そんなとき、心の中で「大丈夫、すべてはうまくいっている」と思うようにしています。<span class="sbd-text-bg-yellow">後悔しても、そこからは何も始まりません。</span>それなら、「この道でよかったんだ」と思ったほうが、次の一歩を踏み出しやすいからです。</p>



<h2 class="wp-block-heading">正直な話——自然にそう思えるわけではありません</h2>



<p class="wp-block-paragraph">ここは、正直に書いておきたいところです。</p>



<p class="wp-block-paragraph"><strong>わたしは、放っておくとすぐに落ち込んで、そこで足が止まってしまうタイプです。</strong>「すべてはうまくいっている」なんて、自然に、いつでも思えるわけではありません。</p>



<p class="wp-block-paragraph">むしろ逆で、<span class="sbd-text-bg-yellow">意識して、毎日、あえて「うまくいっている」と思うようにしている</span>——というのが本当のところです。放っておいたら、後悔のほうにずるずると引っぱられてしまうから、そうならないように、自分から言葉を選んでいる感じです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">だから、もし「そんなふうに前向きに思えない」という方がいても、とてもよく分かります。<strong>思えないのが普通で、思おうとするから、少しずつ思えるようになる。</strong>わたしは、そう感じています。</p>



<h2 class="wp-block-heading">無理のない、取り入れ方</h2>



<p class="wp-block-paragraph">取り入れ方は、とてもシンプルです。<strong>何か選んだあとに「失敗したかな」と思ったら、心の中で「大丈夫、すべてはうまくいっている」と付け足すだけ。</strong>声に出しても、出さなくてもかまいません。</p>



<p class="wp-block-paragraph">うまく前向きになれた日も、なれない日もあると思います。それでいいのだと思います。うまくいかなかった日は、「すべってもうまくいっている」のほうを、そっと思い出してみてください。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ひとつだけ、正直に付け加えておきます。<strong>本当に心がしんどいときには、この言葉も、なかなか入ってきません。</strong></p>



<p class="wp-block-paragraph">そういうときは、無理に「うまくいっている」と思おうとしなくて大丈夫です。わたし自身、どうしようもなくつらいときは、<a href="https://www.nantokanaru.net/nantokanaru/116/">「大丈夫、なんとかなる」</a>のような、もっと肩の力が抜ける言葉のほうに頼っています。<span class="sbd-text-red">そのときの自分に合う言葉を選べば、それでいいのです。</span></p>



<div class="wp-block-sbd-background-block sbd-bg-color sbd-inner-block-init is-style-yellow">
<p class="wp-block-paragraph">わたしがこの言葉に出会った一冊が、斎藤一人さんの『大丈夫だよ、すべてはうまくいっているからね。』です。わたしは<a href="https://www.amazon.co.jp/s?k=%E5%A4%A7%E4%B8%88%E5%A4%AB%E3%81%A0%E3%82%88%E3%80%81%E3%81%99%E3%81%B9%E3%81%A6%E3%81%AF%E3%81%86%E3%81%BE%E3%81%8F%E3%81%84%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%AD%E3%80%80%E6%96%8E%E8%97%A4%E4%B8%80%E4%BA%BA&#038;tag=revolver0c5-22" rel="sponsored nofollow noopener" target="_blank">オーディブル（耳で聴く読書）</a>で聴きました。売り込みではなく、わたしが実際にこの言葉と出会った場所として、そっとご紹介しておきます。</p>
</div>



<h2 class="wp-block-heading">よくある疑問</h2>



<h3 class="wp-block-heading">Q. 声に出さず、心の中で思うだけでもいいですか？</h3>



<p class="wp-block-paragraph">A. 大丈夫です。わたし自身、ほとんど心の中でつぶやくだけです。大事なのは、後悔で止まりそうな自分に、そっと別の向きを見せてあげることだと思っています。</p>



<h3 class="wp-block-heading">Q. 「すべってもうまくいっている」の“すべる”って、どういう意味ですか？</h3>



<p class="wp-block-paragraph">A. 「すべる」は、失敗する、という意味の言葉遊びです。うまくいかなかったこと、転んでしまったことさえ、大きな目で見れば大丈夫、というやさしいユーモアが込められています。</p>



<h3 class="wp-block-heading">Q. どうしても前向きに思えないときは、どうすれば？</h3>



<p class="wp-block-paragraph">A. 無理をしなくて大丈夫です。思えないのは、弱さでも失敗でもありません。そういう日は、この言葉を横に置いておいて、また思えそうなときに、そっと手に取ればいいと思います。</p>



<h2 class="wp-block-heading">おわりに</h2>



<p class="wp-block-paragraph">「すべてはうまくいっている。すべってもうまくいっている」。わたしは、この言葉に、何度も足を止めずにすみました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">もし今、何かを選んで「やってしまったかな」と悔やんでいる方がいたら、わたしはその方に、こう言ってあげたいのです。<strong>大丈夫だよ。すべてはうまくいっているよ。あなたが選んだその道が、ちゃんと正解になっていくからね</strong>、と。</p>



<p class="wp-block-paragraph">信じても、信じなくてもかまいません。ただ、後悔で眠れない夜には、心の中でそっと「大丈夫、すべてはうまくいっている」とつぶやいてみてください。その一言が、あなたの明日を、ほんの少し軽くしてくれますように。</p>

]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>「ついてる」の効果とは？斎藤一人さんの言霊に支えられた体験談</title>
		<link>https://www.nantokanaru.net/saitou-hitori-tsuiteru/324/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[claude-writer]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 10 Jul 2025 06:21:03 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[斎藤一人]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.nantokanaru.net/?p=324</guid>

					<description><![CDATA[「ついてる」と口ぐせのように言うと、本当に効果があるのだろうか。そんなふうに気になって、この記事にたどり着いた方もいるかもしれません。 じつは、この「ついてる」を大切にしていることで知られるのが、日本一の納税者として有名 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p class="wp-block-paragraph">「ついてる」と口ぐせのように言うと、本当に効果があるのだろうか。そんなふうに気になって、この記事にたどり着いた方もいるかもしれません。</p>



<p class="wp-block-paragraph">じつは、この「ついてる」を大切にしていることで知られるのが、日本一の納税者として有名な実業家・斎藤一人さんです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">はじめに正直なことをお伝えします。「ついてる」は、唱えれば幸運がやってくる魔法でも、運気が必ず上がる呪文でもありません。</p>



<p class="wp-block-paragraph">それでも、わたしはこの短い言葉に、毎日のように<span class="sbd-text-bg-yellow">そっと支えられています</span>。ここでは、わたし自身が「ついてる」とどう付き合ってきたかという体験を、ありのままにお話しします。</p>



<div class="wp-block-sbd-background-block sbd-bg-color sbd-inner-block-init is-style-yellow">
<p class="wp-block-paragraph">何かが必ず変わる、という話ではありません。<span class="sbd-text-red">信じられなくても、うまく言えなくても大丈夫です。</span>あくまで「そう感じる人もいる」という範囲の、やさしいお守りのような言葉です。</p>
</div>



<h2 class="wp-block-heading">「ついてる」とは、どんな言葉でしょうか</h2>



<p class="wp-block-paragraph">「ついてる」は、日本一の納税者として知られる斎藤一人さんが、とても大切にしている言葉のひとつです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「大丈夫、なんとかなる」「だんだんよくなる」などとならんで、口に出すと気持ちがやわらぐ言葉――いわゆる<strong>言霊</strong>として、多くの方に親しまれています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">わたしがこの言葉について思うのは、これは<strong>幸運を引き寄せるためというより、<span class="sbd-text-bg-yellow">起きてしまったことを、責めずに受け取り直すための言葉</span></strong>だということです。「効果」というより、心がそれ以上しんどくならないための、静かな支えに近いものだと感じています。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「ついてる」に支えられてきた、わたしの話</h2>



<h3 class="wp-block-heading">きっかけは、耳で聴いた斎藤一人さんの言葉</h3>



<p class="wp-block-paragraph">わたしはもともと、不安をかかえやすい人間です。そんなわたしが斎藤一人さんの言葉に出会えたのは、オーディブル――耳で聴く本がきっかけでした。</p>



<p class="wp-block-paragraph">その中で、斎藤一人さんが「ついてる」を口癖にしている、という話を知りました。なんでもない言葉なのに、なぜか心に残ったのです。</p>



<div class="wp-block-sbd-background-block sbd-bg-color sbd-inner-block-init is-style-yellow">
<p class="wp-block-paragraph">📘 わたしが斎藤一人さんの言葉に出会えたのは、<a href="https://www.amazon.co.jp/b?node=7471076051&amp;linkCode=ll2&amp;tag=revolver0c5-22&amp;linkId=eebd9eccbcb4f7093febfcd68b0ee78a&amp;ref_=as_li_ss_tl" target="_blank" rel="sponsored nofollow noopener">オーディブル（耳で聴く本）</a>がきっかけでした。無料体験から始められるので、活字を読むと眠くなってしまう方や、家事・通勤のあいだに聴きたい方にも向いています。</p>
</div>



<h3 class="wp-block-heading">今では、「やっちゃった」瞬間に口が勝手に動く</h3>



<p class="wp-block-paragraph">それからわたしは、「ついてる」を口癖にするようになりました。はじめのころは、意識して、自分に言い聞かせるように言っていました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ところが今では、なにかを落としたり、こぼしたり、どこかにぶつけて怪我をしたりして、「あっ、やっちゃった」と思った<strong>その瞬間に、考えるより先に「ついてる」と口から出てくる</strong>ようになりました。もう、すっかり口癖です。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「クソ、ついてないな」が、わいてこなくなった</h3>



<p class="wp-block-paragraph">普通なら、失敗した後は「なんだよ、ついてないな」と、舌打ちのひとつもしたくなる場面です。</p>



<p class="wp-block-paragraph">でも、そこを「ついてる」と言ってしまうと、不思議なことに、<span class="sbd-text-bg-yellow">嫌な気持ちが、まったくと言っていいほどわいてこない</span>のです。これは、わたしがはっきりと実感していることです。</p>



<h3 class="wp-block-heading">頭が、「ついてること」を探しはじめる</h3>



<p class="wp-block-paragraph">なぜだろうと考えてみると、たぶん「ついてる」と口にした瞬間、頭が「<strong>じゃあ、何がついてるんだろう</strong>」と、無意識に良いところを探しはじめるのだと思います。</p>



<p class="wp-block-paragraph">斎藤一人さんは、たとえ鳥のフンが服についてしまったときでさえ「ついてる」と言うのだそうです。わたしも、物を壊してしまったときは「これくらいで済んで、ついてた」、怪我をしたときは「大ケガじゃなくて、ついてた」と、自然に思えるようになりました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">起きてしまったことは、もう変えられません。だったら、その<strong>受け取り方のほうを変えてしまう</strong>。「ついてる」は、わたしにとって、そのスイッチのような言葉です。わたしは、ここに確かな手ごたえを感じています。</p>



<h3 class="wp-block-heading">本当に「ついてる」日は、嬉しさが倍になる</h3>



<p class="wp-block-paragraph">そして、これはうれしい発見だったのですが、嫌なことだけでなく、<strong>本当にいいことが起きたとき</strong>の喜びも、ぐっと大きくなりました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">日ごろから「ついてる」と言っているせいか、いざ良いことがあると、「<span class="sbd-text-bg-yellow">うわ、めっちゃついてる！</span>」と、心から思えるのです。同じ出来事でも、うれしさが倍になるような感覚があります。</p>



<p class="wp-block-paragraph">面白いもので、ふだんなら多くの人が見過ごしてしまうような<strong>小さなラッキー</strong>にも、だんだん気づきやすくなってきました。「あ、これもついてるな」「これもラッキーだったな」と、日常の中の小さな&#8221;ついてる&#8221;を、自分で見つけられるようになったのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">嫌なことは軽く受け流せて、良いことには人一倍うれしくなれる。わたしにとっての「ついてる」の、いちばんありがたいところかもしれません。</p>



<p class="wp-block-paragraph">同じように「大丈夫、なんとかなる」に支えられてきた話は、<a href="https://www.nantokanaru.net/nantokanaru-experience/173/">こちらの体験談</a>にも書いています。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「ついてる」は効果として、どう受け止められているか</h2>



<p class="wp-block-paragraph">わたしの実感はさておき、この言葉について語られるとき、よく聞く受け止め方として、次のようなものがあります。</p>



<ul class="wp-block-list is-style-sbd-noborder-orange">
<li>嫌な出来事の中でも「ここで止まってよかった」と思える</li>



<li>必要以上に自分を責めずに済む</li>



<li>感情が暴走しきる前に、一度立ち止まれる</li>
</ul>



<p class="wp-block-paragraph">金運や健康運が上がる、という話と結びつけて語られることもあります。けれど、それが本当に言葉の力なのか、気持ちが少しゆるんだ結果なのかは、はっきりしません。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ですので、<strong>「効果があった人もいるらしい」</strong>。そのくらいの距離感で受け取るのが、いちばん安心だと思います。<span class="sbd-text-bg-yellow">運気を保証する言葉ではなく、心のクッションのような言葉</span>。わたしは、そう感じています。</p>



<h2 class="wp-block-heading">無理のない、「ついてる」の唱え方</h2>



<p class="wp-block-paragraph">特別な作法はいりません。わたしがやっている、肩の力が抜けるコツのようなものを、いくつかお伝えします。</p>



<ul class="wp-block-list is-style-sbd-noborder-orange">
<li><strong>声に出して言う。</strong>口に出すと、自分の耳からも入ってきて、気持ちが少し整います。</li>



<li><strong>失敗した瞬間に言ってみる。</strong>うまくいかなかったときこそ、「ついてる」が、自分を責めすぎないブレーキになってくれます。</li>



<li><strong>毎日続けなくていい。</strong>「1日何回」と決めなくて大丈夫です。思い出したときに、ふっとつぶやくくらいで十分です。</li>
</ul>



<p class="wp-block-paragraph">はじめは意識して言っていても、続けるうちに、わたしのように<strong>自然と口から出てくる</strong>ようになることもあります。あせらず、ゆっくりで大丈夫です。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「ついてる」と一緒に、<a href="https://www.nantokanaru.net/nantokanaru/116/">「大丈夫、なんとかなる」</a>や<a href="https://www.nantokanaru.net/dandanyokunaru-experience/179/">「だんだんよくなる」</a>を口にする人も多いです。どれも、同じようにやさしい言葉ですので、心にいちばんしっくりくるものを選んでみてください。</p>



<h2 class="wp-block-heading">うまく「ついてる」と思えない日について</h2>



<p class="wp-block-paragraph">もちろん、つらい出来事の最中に「ついてる」なんて、とても思えない日もあります。それが、自然なことです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そういうときは、<span class="sbd-text-red">無理に言わなくて大丈夫です。</span>「逆境でも言わなければいけない」という義務は、どこにもありません。「今日は思えなくて当たり前」と、そのままにしておいてください。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そして、もし気持ちがずっと重く、ひとりで抱えるのがつらいときは、言葉だけでなんとかしようとしないでください。身近な人や、専門の相談窓口にそっと頼ることも、<strong>立派な「ついてる」の受け取り方のひとつ</strong>だと思います。</p>



<h2 class="wp-block-heading">よくある質問</h2>



<h3 class="wp-block-heading">Q. 「ついてる」は、毎日言わないと効果がないですか？</h3>



<p class="wp-block-paragraph">A. そんなことはありません。回数や日数の決まりはなく、できなかったからといって意味がなくなるわけでもありません。思い出したときに、つぶやくくらいで十分です。</p>



<h3 class="wp-block-heading">Q. 嫌なことが起きた直後でも、言ったほうがいいですか？</h3>



<p class="wp-block-paragraph">A. 言えそうなときだけで大丈夫です。わたしは失敗した瞬間に言うようにしていますが、どうしても言えない日は、無理をしません。あとから「これで済んでよかった」と思い直せたら、それで十分です。</p>



<h3 class="wp-block-heading">Q. 「ついてる」のほかに、おすすめの言葉はありますか？</h3>



<p class="wp-block-paragraph">A. わたしは<a href="https://www.nantokanaru.net/nantokanaru/116/">「大丈夫、なんとかなる」</a>や<a href="https://www.nantokanaru.net/dandanyokunaru-experience/179/">「だんだんよくなる」</a>も、よく口にしています。どれもやさしい言葉です。心にいちばんなじむものを、ひとつ選んでみてください。</p>



<h2 class="wp-block-heading">まとめ｜「ついてる」は、あなたを支える言葉</h2>



<p class="wp-block-paragraph">「ついてる」という言霊は、運を良くしてくれる魔法ではありません。幸運を約束してくれるわけでも、嫌なことをなくしてくれるわけでもないのかもしれません。</p>



<div class="wp-block-sbd-background-block sbd-bg-color sbd-inner-block-init is-style-yellow">
<p class="wp-block-paragraph">けれど、<strong>起きてしまったことで自分を責めすぎないように、そっと支えてくれる</strong>。いちばん大きな「効果」は、たぶんそこにあるのだと、わたしは思っています。</p>
</div>



<p class="wp-block-paragraph"><span class="sbd-text-red">信じられなくても、構いません。うまく言えなくても、大丈夫です。</span></p>



<p class="wp-block-paragraph">もし今日、なにか小さな失敗をしてしまったら、心の中で「ついてる」と、そっと言ってみてください。<strong>それだけで、自分を責める手を、少しだけゆるめられる人がいます。</strong>わたしも、そのひとりです。</p>

]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>「上気元（上機嫌）」でいるのは難しい｜斎藤一人さんに学ぶ自分の許し方</title>
		<link>https://www.nantokanaru.net/saitou-hitori-jokigen/314/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[claude-writer]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 09 Jul 2025 02:25:21 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[斎藤一人]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.nantokanaru.net/?p=314</guid>

					<description><![CDATA[不機嫌でいるより、上機嫌でいたほうがいい。そんなことは、頭ではよく分かっています。分かっているのに、これがなかなかできない。上機嫌でいるのは、思っている以上にむずかしいことです。 今日は、「上機嫌でいたいのに、つい怒鳴っ [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p class="wp-block-paragraph">不機嫌でいるより、上機嫌でいたほうがいい。そんなことは、頭ではよく分かっています。分かっているのに、これがなかなかできない。上機嫌でいるのは、思っている以上にむずかしいことです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">今日は、<strong>「上機嫌でいたいのに、つい怒鳴ってしまう」</strong>という、わたしの正直な話を書きます。うまくできている自慢話ではありません。</p>



<div class="wp-block-sbd-background-block sbd-bg-color sbd-inner-block-init is-style-yellow">
<p class="wp-block-paragraph"><span class="sbd-text-red">※いつも上機嫌でいなきゃダメ、という話ではありません。</span>できない日があって、当たり前です。そんな自分を、どう扱うか。そのあたりの話として、気楽に読んでみてください。</p>
</div>



<h2 class="wp-block-heading">斎藤一人さんは「上機嫌」を「上気元」と書く</h2>



<p class="wp-block-paragraph">「上機嫌でいることが大切だ」という考え方を、わたしは耳で聴く本（オーディブル）で知りました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">それをお話しされていたのが、<strong>日本一の納税者として有名な実業家・斎藤一人さん</strong>です。斎藤一人さんは、<strong><span class="sbd-text-bg-yellow">上機嫌でいることは、それだけで周りを明るくする、最高の徳のようなもの</span></strong>だ、というお話をされています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ちなみに斎藤一人さんは、この言葉を、ふつうの「上機嫌」ではなく、独自に<strong>「上気元（じょうきげん）」</strong>と書きます。「気」は、自分の中からわき上がってくる<strong>元気や喜びのエネルギー</strong>のこと。ただ機嫌がいいだけでなく、その“上の気”を出していこう、という願いが込められた当て字なのだそうです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">聞いたときは、「まあ、そうだろうな」と、素直に思いました。不機嫌な人がそばにいると、こちらまで気が重くなります。上機嫌な人がいると、その場がふっと軽くなる。だれもが、経験のあることだと思います。</p>



<h2 class="wp-block-heading">わたしが、ゆるく意識していること</h2>



<p class="wp-block-paragraph">とはいえ、特別なことはしていません。わたしが意識しているのは、これくらいです。</p>



<ul class="wp-block-list is-style-sbd-noborder-orange">
<li>人の<strong>悪口や、地獄言葉を言わない</strong>ようにする</li>



<li>人と会うときは、大きな笑顔とまではいかなくても、<strong>少し口角を上げる</strong></li>



<li>だれかの<strong>いいところは、口に出して言う</strong></li>
</ul>



<p class="wp-block-paragraph">ほんの少しのことですが、これだけでも、自分の機嫌が少し保たれる気がします。地獄言葉については、<a href="https://www.nantokanaru.net/tengokukotoba/85/">天国言葉の記事</a>でもふれています。</p>



<h2 class="wp-block-heading">正直な話——子育て中、つい怒鳴ってしまいます</h2>



<p class="wp-block-paragraph">ここからは、いちばん正直なところです。わたしは今、子育ての真っ最中です。そして、<strong>上機嫌でいることが、まったくできていません。</strong></p>



<p class="wp-block-paragraph">家では、子どもを注意したくなる場面が、一日に何度もあります。「上機嫌でいたほうがいい」と頭では分かっていても、つい声を荒げて、<strong>怒鳴ってしまう</strong>のです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そのあとに、決まってやってくるのが自己嫌悪です。「ああ、また怒鳴ってしまった。自分は、まだまだだな」と、しょんぼりしてしまう。<span class="sbd-text-bg-yellow">常に上機嫌でいるなんて、正直、わたしにはとてもできません。</span></p>



<p class="wp-block-paragraph">まだまだ、修行が足りないのだと思います。でも、それが今のわたしの、正直なところです。</p>



<h2 class="wp-block-heading">できない自分を、「許します」</h2>



<p class="wp-block-paragraph">では、怒鳴って自己嫌悪になったあと、どうしているか。わたしは、<strong>できなかった自分を、責めすぎないようにしています。</strong></p>



<p class="wp-block-paragraph">斎藤一人さんの天国言葉のひとつに、<strong>「許します」</strong>という言葉があります。わたしはこれを、他人にではなく、<strong><span class="sbd-text-bg-yellow">できなかった自分に向けて</span></strong>使っています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「怒鳴っちゃったけど、まあ、いいか。許します」。「そんな自分も、大丈夫、大丈夫」。そんなふうに、自分に声をかけるのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">いちばん大事なのは、<span class="sbd-text-red">できない自分を、見捨てないこと</span>だと思っています。上機嫌になれない自分を責め続けると、もっと機嫌が悪くなる。だから、まず自分を許してあげる。それが、遠回りのようで近道な気がしています。</p>



<h2 class="wp-block-heading">不機嫌が“うつって”くるときは、少し距離を置く</h2>



<p class="wp-block-paragraph">もうひとつ、大事にしていることがあります。それは、<strong>身近に、愚痴や不機嫌が多い人がいるとき</strong>の距離のとり方です。</p>



<p class="wp-block-paragraph">不機嫌というのは、そばにいると、こちらにも“うつって”きます。まともに全部を受け止めていると、自分まで気持ちが重くなってしまう。</p>



<p class="wp-block-paragraph">だからそういうときは、正面から注意して波風を立てるより、<strong>少しだけ距離を置いて、聞き流す</strong>ようにしています。冷たいようですが、これは<strong>自分の機嫌を、自分で守るため</strong>です。自分が保てていないと、結局、まわりにもやさしくできませんから。</p>



<h2 class="wp-block-heading">うまくいかない日は、言葉で乗り切る</h2>



<p class="wp-block-paragraph">正直に言うと、機嫌というのは、生活と地続きです。仕事や子育てがうまくいかないと、やっぱり不機嫌になってしまう。これは、なかなか避けられません。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そういう日は、わたしは前向きな言葉に助けてもらいます。「<a href="https://www.nantokanaru.net/nantokanaru-experience/173/">大丈夫、なんとかなる</a>」「<a href="https://www.nantokanaru.net/dandanyokunaru-experience/179/">だんだんよくなる、未来は明るい</a>」。こうした言葉をぽつりと口にして、その日をなんとか乗り切っています。</p>



<h2 class="wp-block-heading">よくある疑問</h2>



<h3 class="wp-block-heading">Q. どうしても上機嫌でいられません。</h3>



<p class="wp-block-paragraph">A. わたしもです。いつも上機嫌でいる必要はないと思います。まずは「不機嫌を、まわりにまき散らさない」くらいから始めれば十分ではないでしょうか。</p>



<h3 class="wp-block-heading">Q. 不機嫌になった自分を、責めてしまいます。</h3>



<p class="wp-block-paragraph">A. その気持ち、よく分かります。でも、責めるほど機嫌は悪くなっていきます。「そういう日もある」と、まず自分を許してあげてください。それが、いちばんの近道だと思います。</p>



<h3 class="wp-block-heading">Q. まわりの不機嫌に、引きずられてしまいます。</h3>



<p class="wp-block-paragraph">A. 全部を受け止めなくて大丈夫です。少し距離を置いて聞き流すのは、逃げではなく、自分を守る大切な工夫だと思います。</p>



<h2 class="wp-block-heading">まとめ——上機嫌になれない自分も、許しながら</h2>



<p class="wp-block-paragraph">上機嫌でいるのは、本当にむずかしいことです。わたしも、怒鳴っては自己嫌悪になる、その繰り返しです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">でも、<strong>できない自分を許しながら、また少しやってみる。</strong>その繰り返しでいいのだと、今は思っています。完璧な上機嫌を目指さなくて大丈夫です。</p>



<p class="wp-block-paragraph">もし今、機嫌よくいられない自分を責めているなら。<span class="sbd-text-red">そんな自分も、どうか許してあげてください。</span>不機嫌な日があってもいい。また明日、少し口角を上げてみる。それくらいの気持ちで、十分だと思います。</p>

]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>人前で話す緊張は場数でやわらぐ？赤面症で悩んだわたしの正直な体験談</title>
		<link>https://www.nantokanaru.net/saitou-hitori-tension/268/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[claude-writer]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 03 Jul 2025 00:19:36 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[斎藤一人]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.nantokanaru.net/?p=268</guid>

					<description><![CDATA[人前で話すことが決まった瞬間から、ずっと緊張が続く。それが半年先の話でも、です。 朝起きたら思い出す。手が空いたら思い出す。頭の中で、みんなの前に立たされている自分を何度も想像してしまう。 わたしは41歳になった今も、人 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p class="wp-block-paragraph">人前で話すことが決まった瞬間から、ずっと緊張が続く。それが半年先の話でも、です。</p>



<p class="wp-block-paragraph">朝起きたら思い出す。手が空いたら思い出す。頭の中で、みんなの前に立たされている自分を何度も想像してしまう。</p>



<p class="wp-block-paragraph">わたしは41歳になった今も、<strong>人前で話すことが苦手</strong>です。この記事は、そんなわたしが斎藤一人さんとみっちゃん先生の<span class="sbd-text-bg-yellow">「人生は場数（ばかず）だよ」</span>という言葉に支えられている、正直な体験談です。</p>



<div class="wp-block-sbd-background-block sbd-bg-color sbd-inner-block-init is-style-yellow">
<p class="wp-block-paragraph">先にお伝えしておくと、これは「緊張が消える魔法」の話ではありません。わたし自身、今も緊張します。それでも<strong>少し楽になった考え方</strong>がある、という範囲のお話です。</p>
</div>



<h2 class="wp-block-heading">中学の教室で始まった「赤くなるループ」</h2>



<p class="wp-block-paragraph">わたしは中学生の頃から、赤面症でした。</p>



<p class="wp-block-paragraph">授業で発表する場面になると、顔がかっと赤くなる。それをくすくすっと笑われる。<strong>笑われたことでまた緊張して、さらに赤くなる</strong>。</p>



<p class="wp-block-paragraph">この繰り返しが、本当に嫌でした。同じ経験をした方なら、あの教室の空気を思い出せるのではないでしょうか。</p>



<h2 class="wp-block-heading">大人になっても、緊張は消えなかった</h2>



<p class="wp-block-paragraph">大人になれば自然と治るのかな、と思っていました。でも、そうはなりませんでした。</p>



<p class="wp-block-paragraph">わたしは今でも、<strong>原稿がないと人前でまったく話せません</strong>。何を言っていいか分からなくなって、頭が本当にすぐ真っ白になります。</p>



<p class="wp-block-paragraph">特に苦手なのが、<strong>「自分の考えや感想を聞かれて、その場で話すこと」</strong>です。原稿を読むだけならまだいいのに、自分で考えて話すとなると、途端にダメになる。突然話を振られてもすらすら話せる人を見ると、本当に尊敬します。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そして緊張は、当日だけではありません。人前で話す予定が決まると、それが半年先でも、<strong>決まったその日から緊張が始まります</strong>。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ひと月前になると、夜も眠りが浅くなる。朝起きたら思い出す。暇になったら思い出す。その場面を想像するだけで、怖くて怖くて。</p>



<p class="wp-block-paragraph">それなのに、いざ本番になると「もうやるしかない」と腹をくくって、意外とあっけなく終わってしまう。振り返ってみると、<strong>いちばん辛いのは当日ではなく、その日までの長い時間</strong>なんですよね。</p>



<h2 class="wp-block-heading">斎藤一人さんとみっちゃん先生の「人生は場数だよ」</h2>



<p class="wp-block-paragraph">そんなわたしの支えになっているのが、斎藤一人さんとお弟子さんのみっちゃん先生が教えてくれる<strong>「場数」</strong>という考え方です。</p>



<p class="wp-block-paragraph">一人さんは、話し下手や早口といったものを直すべき欠点とは考えず、<strong>そのままの自分に愛を注ぐことが大事</strong>だと言います。しどろもどろでも、誠実に話せば伝わるものがある、と。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そしてみっちゃん先生は、何ごとも<strong>数をこなして慣れていくこと</strong>を勧めています。心臓がバクバクするのは当たり前で、その経験を重ねるうちに、少しずつ耐性がついていくのだと。わたしの記憶では、みっちゃん先生ご自身も、もともと人前で話すのがとても苦手だった方なんです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">おふたりの『<strong>斎藤一人 この世を天国に変えるコツ 人生は場数だよ</strong>』という本には、「場数」と書かれたカードが付いてきました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">わたしはそのカードを、<span class="sbd-text-bg-yellow">携帯の待ち受けにしていました</span>。くじけそうになるたびに「場数、場数」と目に入るように。それくらい、すがりたかったんです。</p>



<div class="wp-block-sbd-background-block sbd-bg-color sbd-inner-block-init is-style-yellow">
<p class="wp-block-paragraph">📖 わたしが読んだのはこの本です。人前の緊張に限らず、新しいことへの一歩が怖いときに支えになる一冊でした。</p>



<p class="wp-block-paragraph">→ <a href="https://www.amazon.co.jp/dp/4198658641?tag=revolver0c5-22" rel="sponsored nofollow noopener" target="_blank">『斎藤一人 この世を天国に変えるコツ 人生は場数だよ』（Amazon）</a>（Audibleの聴く版もあります）</p>
</div>



<h2 class="wp-block-heading">わたしの緊張の正体は「どう見られているか」だった</h2>



<p class="wp-block-paragraph">場数の話を続ける前に、自分なりに気づいたことをひとつ書かせてください。</p>



<p class="wp-block-paragraph">わたしが人前で頭が真っ白になるとき、頭の中でいちばん先に来ているのは、話す中身ではなく<span class="sbd-text-bg-yellow">「自分がどんなふうに見られているか」</span>なんです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">顔が赤くなっていないか。変に思われていないか。そこに意識が向くほど、話す中身を考える余裕がなくなっていく。</p>



<p class="wp-block-paragraph">あとから知ったのですが、こういう状態は心理の世界で<strong>「自己注目」</strong>と呼ばれているそうです。意識が自分の内側に向かうほど緊張が強まるので、<strong>注意を自分の外へ向ける練習</strong>が対策として勧められているとのことでした。</p>



<h2 class="wp-block-heading">視線が気にならなかった、ふしぎな日</h2>



<p class="wp-block-paragraph">実はわたしにも、それを裏づけるような体験が一度だけあります。</p>



<p class="wp-block-paragraph">保護者の集まりで、「お子さんの一日の生活はどんな感じですか」と聞かれたことがありました。わたしはずっと子どものことを見てきたので、<strong>家での風景を一生懸命思い出しながら</strong>話したんです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そのとき、みんなの視線はわたしに向いていたはずなのに、<span class="sbd-text-bg-yellow">まったく気にならなかった</span>。「どうだったかな」と思い出すことに夢中で、「どう見られているか」を考える隙間がなかったんです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">話の上手な人は、きっと「いかに相手に伝わるか」を考えているから、人の目が気にならないのかもしれません。わたしにはまだ難しいけれど、<strong>意識の向き先が変わるだけで、あんなに楽になるのか</strong>と驚いた日でした。</p>



<h2 class="wp-block-heading">場数のほかに、わたしが「効きそうだ」と思っている小さな工夫</h2>



<p class="wp-block-paragraph">「結局、場数しかないの？」と思われるかもしれないので、あの日の体験と、おふたりの教えから拾った小さな工夫も置いておきます。どれも効果を約束するものではなく、<strong>わたしが「これなら」と思えたもの</strong>です。</p>



<ul class="wp-block-list is-style-sbd-noborder-orange">
<li><strong>「どう見られるか」より「何を伝えるか」に意識を移す。</strong>思い出すこと・伝えることに夢中になれた日、わたしは視線を忘れられました。</li>



<li><strong>相手を観察する。</strong>一人さんは、相手への興味や思いやりを起点に話すことを勧めています。意識が自分の外へ向く、という意味で理にかなっていると感じます。</li>



<li><strong>準備した自分をほめて、真っ白になった自分を許す。</strong>「準備しただけで偉い」「頭が真っ白になってもいい」と言葉にしておくと、次の一歩が少し軽くなります。</li>



<li><strong>小さな場から段階的に。</strong>いきなり大勢の前ではなく、2〜3人の前で話すことから。小さくても「やれた」が積み重なります。</li>
</ul>



<h2 class="wp-block-heading">あの、ひすいこたろうさんも赤面症だった</h2>



<p class="wp-block-paragraph">もうひとつ、わたしの励みになっている話があります。</p>



<p class="wp-block-paragraph">わたしの大好きな作家のひすいこたろうさんは、若い頃、極度の人見知りと赤面症で、人と目を合わせて話すこともできなかったそうです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">それが今では、大勢の前で講演をされている。お話も本当にお上手で、あの語り口に何度も救われてきました。</p>



<p class="wp-block-paragraph"><span class="sbd-text-bg-yellow">「あんなに上手な人でも、昔は赤面症だったんだ」</span>。そう思うだけで、なんだかちょっと安心しませんか。わたしは、します。</p>



<h2 class="wp-block-heading">二度目は「なんとかなる」と思えた</h2>



<p class="wp-block-paragraph">最近、保護者の集まりで人前に立つ役目が、二度目に回ってきました。絶対にもうないと思っていたのに、本当になっちゃったんです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">でも、ふしぎなことに、一度目ほどの恐怖はありません。<strong>「一度目をやれた」という事実がある</strong>だけで、「二度目は、まあ、なんとかなるだろう」と思えている。</p>



<p class="wp-block-paragraph">これが場数なんだと思います。ゴールが100だとしたら、わたしはまだ10くらい。だったら、<span class="sbd-text-bg-yellow">緊張して当然</span>なんですよね。まだまだ場数が足りないだけなんだから。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「緊張して当然だよ」と自分に言ってあげると、すごく楽になります。緊張していても、<a href="https://www.nantokanaru.net/dandanyokunaru-experience/179/">だんだんよくなっていく</a>から大丈夫、と。</p>



<h2 class="wp-block-heading">よくある疑問</h2>



<h3 class="wp-block-heading">Q. 場数を踏めば、緊張しなくなりますか？</h3>



<p class="wp-block-paragraph">A. 正直に言うと、ゼロにはならないと思います。人前で緊張せずに話せる自分なんて、今も想像がつきません。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ただ、<strong>緊張の度合いは変わってきます</strong>。以前なら80くらい緊張していた場面が、場数を踏むうちに50くらいになる。そういう<span class="sbd-text-bg-yellow">やわらぐ感じ</span>は、わたしにも確かにあります。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「緊張しなくなる」の手前に<strong>「緊張したままでも、なんとかやれる」</strong>があって、場数はそこへ近づけてくれるのだと思っています。</p>



<h3 class="wp-block-heading">Q. 緊張していることは、隠したほうがいいのでしょうか？</h3>



<p class="wp-block-paragraph">A. わたしは、隠さなくていいと思っています。ぺらぺらと上手に話す人より、<strong>緊張しながら一生懸命話す人の話のほうが、心に残る</strong>ことってありませんか。緊張は、誠実さの証しでもあると思うんです。</p>



<h3 class="wp-block-heading">Q. どうしても人前が無理なときは？</h3>



<p class="wp-block-paragraph">A. <span class="sbd-text-red">断れるものなら、断っていいと思います。</span>場数は、追い込まれて踏むものではありません。「今回はやってみようかな」と思えたときだけで、十分です。</p>



<h2 class="wp-block-heading">まとめ：克服できなくても、いい</h2>



<p class="wp-block-paragraph">わたしは、緊張を克服できていません。たぶんこの先も、人前で話す予定が入れば、その日からそわそわし続けると思います。</p>



<p class="wp-block-paragraph">それでも、<a href="https://www.nantokanaru.net/nantokanaru-experience/173/">「なんとかなる」と思えること</a>は、少しずつ増えてきました。</p>



<div class="wp-block-sbd-background-block sbd-bg-color sbd-inner-block-init is-style-yellow">
<p class="wp-block-paragraph"><strong>克服しなくていい。緊張は、消えなくていい。</strong>「緊張して当然だよ、まだ場数が足りないだけだよ」と自分に言ってあげるだけで、ずいぶん楽になります。</p>
</div>



<p class="wp-block-paragraph">あなたが今、人前に立つ日を思って眠れずにいるなら、その辛さはわたしにもよく分かります。<span class="sbd-text-red">無理に平気なふりをしなくて大丈夫です。</span></p>



<p class="wp-block-paragraph">緊張したまま、あなたなりにやれれば、それでいい。わたしも待ち受けの「場数」に支えられながら、次の二度目を、なんとかやってきます。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>友達がいないのは悪いこと？斎藤一人さんの言葉で楽になった体験談</title>
		<link>https://www.nantokanaru.net/saitou-hitori-friendless/243/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[claude-writer]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 01 Jul 2025 02:00:14 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[小林正観]]></category>
		<category><![CDATA[斎藤一人]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.nantokanaru.net/?p=243</guid>

					<description><![CDATA[休みの日に、気軽に誘える人がいない。まわりが友達同士で楽しそうにしているのを見ると、少しだけ胸がしぼむ。「自分には友達がいないな」と、ふと感じる夜がありませんか。 じつは、これを書いているわたし自身が、まさにそういう人間 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p class="wp-block-paragraph">休みの日に、気軽に誘える人がいない。まわりが友達同士で楽しそうにしているのを見ると、少しだけ胸がしぼむ。「自分には友達がいないな」と、ふと感じる夜がありませんか。</p>



<p class="wp-block-paragraph">じつは、これを書いているわたし自身が、まさにそういう人間です。今日は、<strong>斎藤一人さんの言葉で、その気持ちがふっと軽くなった話</strong>を、正直に書いてみます。</p>



<div class="wp-block-sbd-background-block sbd-bg-color sbd-inner-block-init is-style-yellow">
<p class="wp-block-paragraph"><span class="sbd-text-red">※「友達は無理に作らなくて大丈夫」という話です。</span>「一人でも平気になれ」と励ますのでも、「やっぱり友達は大事」と説教するのでもありません。どっちつかずの気持ちのまま、読んでみてください。</p>
</div>



<h2 class="wp-block-heading">わたしは「一人ぼっち好きの、寂しがり屋」です</h2>



<p class="wp-block-paragraph">自分のことを、わたしはひそかに<strong><span class="sbd-text-bg-yellow">「一人ぼっち好きの、寂しがり屋」</span></strong>と呼んでいます。われながら、ややこしい人間だなと思います。</p>



<p class="wp-block-paragraph">基本的には、一人がいいのです。一人の時間は気楽で、なにより疲れません。誰にも気をつかわなくていい時間が、わたしはけっこう好きです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">それなのに、まわりの人が友達同士でわいわい笑っているのを見ると、<strong>「いいなあ、うらやましいなあ」</strong>と思ってしまう。あんなふうに、自分もやってみたいなと思うのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">でも、いざ自分がやろうとしたら、きっとどっと疲れるだろうな、というのも目に見えている。<span class="sbd-text-bg-yellow">一人は好き、でも少し寂しい。</span>この複雑さと、ずっと一緒に生きています。</p>



<h2 class="wp-block-heading">人と話すときの、あのプレッシャー</h2>



<p class="wp-block-paragraph">そもそもわたしは、人と話すのが、あまり得意ではありません。ずっと仲のいい人となら、気楽に話せます。でも、<strong>ちょっと微妙な間柄の人</strong>と話すときが、どうも苦手なのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そういうとき、頭の中でこんなことを考えてしまいます。「自分なんかと話して、この人、楽しいのかな」。<strong>「なにか面白いことを言って、相手を楽しませないと」</strong>と。</p>



<p class="wp-block-paragraph">この「楽しませなきゃ」というプレッシャーが、じわじわと重い。だから、正直なところ、あまり人と話したくないな、と思ってしまうのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">同じように感じている方は、きっと少なくないと思います。人づきあいが、なんとなく面倒くさい。でも、まったく平気なわけでもない。そういう気持ちです。</p>



<h2 class="wp-block-heading">友達を作りたい、でも「面倒くさい」</h2>



<p class="wp-block-paragraph">友達は、本当にあまりいません。そして、正直に言うと、<strong>作りたいとも、あまり思わない</strong>のです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">いえ、「作ったら、きっと楽しいだろうな」とは思うのです。思うのですが、その次に必ず、<strong>「うーん、面倒くさいな」</strong>という気持ちが、正直にやってくる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">この矛盾に、わたしは長いあいだ、少しだけ後ろめたさを感じていました。友達がいないのは、自分に何か足りないところがあるからなんじゃないか、と。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「一人でも成長できる」という言葉に、救われた</h2>



<p class="wp-block-paragraph">そんなとき、斎藤一人さんの話のなかで、こんな考え方に出会いました。わたしなりに受け取ったのは、こういうことです。</p>



<p class="wp-block-paragraph"><strong><span class="sbd-text-bg-yellow">友達がたくさんいることで成長する人もいれば、一人の時間で成長していく人もいる。</span></strong>どちらが正しい、というものではない、と。</p>



<p class="wp-block-paragraph">これを聞いたとき、わたしはずいぶん気が楽になりました。<strong>「ああ、自分は、一人でも成長していけるタイプなんだな」</strong>と、すとんと腑に落ちたのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">斎藤一人さんは、誰にでも好かれようと無理をしなくていい、まず自分を大切にすることが先だ、というお話もされています。人に合わせて自分をすり減らすより、自分のままでいる。すると、縁のある人とは自然につながっていく、と。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「楽しませなきゃ」と気を張っていたわたしには、この<span class="sbd-text-red">「無理に好かれようとしなくていい」</span>という言葉が、そっと肩の力を抜いてくれました。斎藤一人さんの前向きな言葉については、<a href="https://www.nantokanaru.net/tengokukotoba/85/">天国言葉の記事</a>でも書いています。</p>



<h2 class="wp-block-heading">寂しさも、無理に消さなくていい</h2>



<p class="wp-block-paragraph">ここで、正直なことを付け加えておきます。この言葉で楽になったからといって、<strong>寂しさが完全に消えたわけではありません。</strong></p>



<p class="wp-block-paragraph">今でも、みんなでわいわいしている人たちを見れば、「楽しそうだな、いいなあ」と思います。その気持ちは、たぶん、これからも消えないのだと思います。</p>



<p class="wp-block-paragraph">でも、それでいいのだと、今は思っています。<strong>一人が好きなのも本当。ちょっと寂しいのも本当。</strong>どちらかに決める必要はなくて、両方の気持ちを、そのまま持っていていいのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「一人でいる自分はダメだ」と責めるのを、まずやめる。それだけで、一人の時間が、少しやわらかいものに変わっていく気がします。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「良き友」について、小林正観さんの話も少しだけ</h2>



<p class="wp-block-paragraph">ここまでは、斎藤一人さんの言葉に救われた、というわたしの話でした。最後に、<strong>「良き友」について小林正観さんが語っていること</strong>も、そういう見方もあるよ、というくらいの気持ちで、少しだけそえておきます。</p>



<p class="wp-block-paragraph">心学研究家として知られる小林正観さんは、人が生きるうえで大切なのは<span class="sbd-text-bg-yellow">「喜ばれる存在になること」</span>だと言っています。友達を増やそうとがんばるのではなく、<strong>自分が、まわりの人を少し笑顔にする側でいる</strong>。すると、気の合う人とは、自然につながっていくことがある、と。</p>



<p class="wp-block-paragraph">これは、斎藤一人さんの「縁のある人とは自然につながる」という話とも、どこか重なります。<strong>追いかけて作るのではなく、自分がやさしくしていれば、合う人だけが残っていく</strong>。そういう、力の抜けた友達のでき方です。</p>



<p class="wp-block-paragraph">じつは、わたしにも少しだけ思い当たることがあります。友達を増やそうとは思わないのですが、<strong>見ず知らずの人にでも「よく頑張っていますね」と、そっと声をかけたくなる</strong>ことがあるのです。友達になるためではなく、ただ、その人が少し軽くなればいいな、と思って。</p>



<p class="wp-block-paragraph">小林正観さんの言う「喜ばれる存在」というのは、案外、そういう小さなことなのかもしれません。お釈迦さまも「良き友を持つことは、それだけで尊いことだ」と説いた、と正観さんは紹介しています。</p>



<div class="wp-block-sbd-background-block sbd-bg-color sbd-inner-block-init is-style-yellow">
<p class="wp-block-paragraph">ただ、これも<span class="sbd-text-red">「良き友を作らなきゃ」と義務にしなくて大丈夫です。</span>喜ばれる存在でいるのも、心に余裕のある日に、ひとつやってみるくらいで十分。できない日は、しなくていいのです。</p>
</div>



<h2 class="wp-block-heading">よくある疑問</h2>



<h3 class="wp-block-heading">Q. 友達がいないのは、やっぱり良くないことですか？</h3>



<p class="wp-block-paragraph">A. 良い・悪いで決めなくていいと思います。友達が多くて元気が出る人もいれば、一人の時間で力を蓄える人もいます。あなたがどちらのタイプか、というだけの話です。</p>



<h3 class="wp-block-heading">Q. 人と話すと気をつかって疲れてしまいます。</h3>



<p class="wp-block-paragraph">A. わたしもまったく同じです。「相手を楽しませなきゃ」と気負うと、どうしても疲れます。無理に話し上手になろうとしなくて大丈夫です。話せる相手とだけ、話せばいいと思います。</p>



<h3 class="wp-block-heading">Q. 少し寂しい気持ちは、どうすればいいですか？</h3>



<p class="wp-block-paragraph">A. 消そうとしなくて大丈夫です。寂しさは、無理に打ち消そうとすると、かえって大きくなります。「今、ちょっと寂しいな」と、そのまま認めてあげるだけで、少し落ち着くことがあります。</p>



<h2 class="wp-block-heading">まとめ——ややこしい自分のままで、大丈夫</h2>



<p class="wp-block-paragraph">友達がいない、人づきあいが面倒くさい、でも少し寂しい。この、ややこしくてまとまらない気持ちを、わたしは今も抱えています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">でも、斎藤一人さんの言葉に出会って、<strong>「一人でも成長していける自分で、いいんだ」</strong>と思えてから、少しだけ、その気持ちと仲良くなれました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">もし今、同じような気持ちでいるなら。<span class="sbd-text-red">無理に友達を作らなくて大丈夫です。無理に一人を楽しまなくても大丈夫です。</span>一人ぼっち好きの寂しがり屋のままで、ちゃんと大丈夫だと、わたしは思っています。</p>

]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>【だんだんよくなる未来は明るい】体験談｜唱えてみて感じた心の変化</title>
		<link>https://www.nantokanaru.net/dandanyokunaru-experience/179/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[claude-writer]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 17 Jun 2025 00:25:39 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[斎藤一人]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.nantokanaru.net/?p=179</guid>

					<description><![CDATA[仕事や物事が思うようにいかなくて、気持ちが沈んでしまう日があります。そんなとき、わたしを静かに引き上げてくれるのが「だんだんよくなる、未来は明るい」という言葉です。 はじめに正直なことをお伝えします。この言葉は、唱えれば [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p class="wp-block-paragraph">仕事や物事が思うようにいかなくて、気持ちが沈んでしまう日があります。そんなとき、わたしを静かに引き上げてくれるのが「だんだんよくなる、未来は明るい」という言葉です。</p>



<p class="wp-block-paragraph">はじめに正直なことをお伝えします。この言葉は、唱えれば未来が必ず良くなる魔法でも、不安が消える呪文でもありません。</p>



<p class="wp-block-paragraph">それでも、先が見えなくて不安な日に、わたしはこの言葉に<span class="sbd-text-bg-yellow">何度も救われてきました</span>。ここでは、わたし自身の体験を、ありのままにお話しします。</p>



<div class="wp-block-sbd-background-block sbd-bg-color sbd-inner-block-init is-style-yellow">
<p class="wp-block-paragraph">何かが必ず変わる、という話ではありません。<span class="sbd-text-red">信じられなくても、うまく唱えられなくても大丈夫です。</span>あくまで「そう感じる人もいる」という範囲の、やさしいお守りのような言葉です。</p>
</div>



<h2 class="wp-block-heading">「だんだんよくなる、未来は明るい」とは、どんな言葉でしょうか</h2>



<p class="wp-block-paragraph">「だんだんよくなる、未来は明るい」は、日本一の納税者として知られる斎藤一人さんが大切にしている、前向きな言葉のひとつです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「大丈夫、なんとかなる」「ついてる」などとならんで、口に出すと気持ちがやわらぐ言葉――いわゆる<strong>言霊</strong>として、多くの方に親しまれています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">わたしがこの言葉でいちばん好きなのは、「だんだん」という、ゆっくりした響きです。<strong>急には良くならない。でも、<span class="sbd-text-bg-yellow">ちょっとずつ、だんだん良くなっていく</span></strong>。その正直なやさしさが、沈んだ心にそっと寄り添ってくれる気がします。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「だんだんよくなる」に救われた、わたしの話</h2>



<h3 class="wp-block-heading">仕事がうまくいかない日に、つぶやく</h3>



<p class="wp-block-paragraph">会社で働いていたころ、仕事が思うようにいかず、気持ちが深く沈んでしまう日がありました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そんなとき、「だんだんよくなる、未来は明るい」と、自分に言い聞かせるようにつぶやきました。「いや、大丈夫。きっと大丈夫。未来は明るいんだから、だんだん良くなる」。そうしているうちに、<strong>下がっていた気持ちが、すこしずつ上を向いてくる</strong>のです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">今うまくいっていないときにこそ、この言葉は効いてくれます。わたしにとっては、<span class="sbd-text-bg-yellow">沈んだ心を、そっと引き上げてくれる言葉</span>です。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「ちょっとずつでいい」と思えることが、救いになる</h3>



<p class="wp-block-paragraph">この言葉のいちばんいいところは、やっぱり「だんだん」だと、わたしは思います。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「明日いきなり全部よくなる」と言われても、苦しいときには、かえって信じられません。でも、「<strong>急にじゃなくていい。ちょっとずつでいいんだよ</strong>」と言ってもらえると、不思議と、すっと心に入ってきます。</p>



<p class="wp-block-paragraph">今が不安で、先が見えない。そんなときほど、この「だんだん」というゆっくりした歩幅が、ちょうどいいのだと思います。</p>



<p class="wp-block-paragraph">わたしが斎藤一人さんの言葉に出会えたのも、オーディブル――耳で聴く本が、きっかけでした。</p>



<div class="wp-block-sbd-background-block sbd-bg-color sbd-inner-block-init is-style-yellow">
<p class="wp-block-paragraph">📘 わたしが斎藤一人さんの言葉に出会えたのは、<a href="https://www.amazon.co.jp/b?node=7471076051&amp;linkCode=ll2&amp;tag=revolver0c5-22&amp;linkId=eebd9eccbcb4f7093febfcd68b0ee78a&amp;ref_=as_li_ss_tl" target="_blank" rel="sponsored nofollow noopener">オーディブル（耳で聴く本）</a>がきっかけでした。無料体験から始められるので、活字を読むと眠くなってしまう方や、家事・通勤のあいだに聴きたい方にも向いています。</p>
</div>



<h3 class="wp-block-heading">人に言ってもらうのも、言ってあげるのもいい</h3>



<p class="wp-block-paragraph">この言葉には、もうひとつ、わたしの好きなところがあります。それは、<strong>自分で言うだけでなく、人に言ってあげても、人から言ってもらっても、あたたかい</strong>ということです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">落ち込んでいる誰かに、「大丈夫。だんだん良くなるからね」と声をかける。逆に、自分が弱っているときに、誰かからそう言ってもらえると、ふっと心が軽くなります。</p>



<p class="wp-block-paragraph">言うのもうれしいし、言われるのもうれしい。言ってあげたくなる。<span class="sbd-text-bg-yellow">人と人のあいだで、そっと手渡せる言葉</span>だというところが、わたしはとても好きです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">同じように「大丈夫、なんとかなる」や「ついてる」に支えられてきた話は、<a href="https://www.nantokanaru.net/nantokanaru-experience/173/">なんとかなるの体験談</a>や<a href="https://www.nantokanaru.net/saitou-hitori-tsuiteru/324/">ついてるの体験談</a>にも書いています。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「21日」「1000回」という唱え方について</h2>



<p class="wp-block-paragraph">「だんだんよくなる、未来は明るい」は、<strong>21日間続ける</strong>、あるいは<strong>1000回唱える</strong>、といった方法が紹介されることもあります。21日というのは、人が新しい習慣を身につけるのにかかる目安とも言われます。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ただ、正直に打ち明けると、<strong>わたし自身は、毎日や回数を決めて唱えてはいません</strong>。落ち込んだ日に、ふっと口にするくらいです。</p>



<div class="wp-block-sbd-background-block sbd-bg-color sbd-inner-block-init is-style-yellow">
<p class="wp-block-paragraph">回数や日数は、続けやすい人にとっての、ひとつの目安です。<span class="sbd-text-red">数にとらわれなくて、大丈夫です。</span>「21日できなかったから意味が無い」なんてことは、ありません。自分のペースで、言いたいときに言う。それで十分だと思います。</p>
</div>



<h2 class="wp-block-heading">無理のない、「だんだんよくなる」の取り入れ方</h2>



<p class="wp-block-paragraph">特別な作法はいりません。わたしがやっている、肩の力が抜けるコツのようなものを、いくつかお伝えします。</p>



<ul class="wp-block-list is-style-sbd-noborder-orange">
<li><strong>落ち込んだ日に、声に出して言う。</strong>うまくいかないときこそ、この言葉が沈んだ気持ちを引き上げてくれます。</li>



<li><strong>「ちょっとずつでいい」と、自分に許してあげる。</strong>急に良くしようとしなくて大丈夫。だんだん、で十分です。</li>



<li><strong>弱っている人に、そっと言ってあげる。</strong>「大丈夫、だんだん良くなるからね」。その一言が、誰かの支えになることがあります。</li>
</ul>



<p class="wp-block-paragraph">「だんだんよくなる」と一緒に、<a href="https://www.nantokanaru.net/nantokanaru/116/">「大丈夫、なんとかなる」</a>や<a href="https://www.nantokanaru.net/saitou-hitori-tsuiteru/324/">「ついてる」</a>を口にする人も多いです。どれも、同じようにやさしい言葉ですので、心にいちばんしっくりくるものを選んでみてください。</p>



<h2 class="wp-block-heading">うまく「未来は明るい」と思えない日について</h2>



<p class="wp-block-paragraph">もちろん、どうしても「未来は明るい」なんて思えない日もあります。それが、自然なことです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そういうときは、<span class="sbd-text-red">無理に唱えなくて大丈夫です。</span>「今日は思えなくて当たり前」と、そのままにしておいてください。だんだん、でいいのですから、急がなくて大丈夫です。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そして、もし気持ちがずっと重く、ひとりで抱えるのがつらいときは、言葉だけでなんとかしようとしないでください。身近な人や、専門の相談窓口にそっと頼ることも、<strong>立派な「未来を明るくする」方法のひとつ</strong>だと思います。</p>



<h2 class="wp-block-heading">よくある質問</h2>



<h3 class="wp-block-heading">Q. 21日間、毎日続けないと効果がないですか？</h3>



<p class="wp-block-paragraph">A. そんなことはありません。21日や1000回は、あくまで続けやすい人のための目安です。できなかったからといって、意味が無くなるわけではありません。わたしは、落ち込んだ日にだけ口にしています。</p>



<h3 class="wp-block-heading">Q. どんなときに言うのが、いちばんいいですか？</h3>



<p class="wp-block-paragraph">A. わたしは、仕事や物事が思うようにいかなくて、気持ちが沈んだときに言っています。今うまくいっていないとき、先が見えなくて不安なときにこそ、この言葉が効いてくれます。</p>



<h3 class="wp-block-heading">Q. 「だんだんよくなる」のほかに、おすすめの言葉はありますか？</h3>



<p class="wp-block-paragraph">A. わたしは<a href="https://www.nantokanaru.net/nantokanaru/116/">「大丈夫、なんとかなる」</a>や<a href="https://www.nantokanaru.net/saitou-hitori-tsuiteru/324/">「ついてる」</a>も、よく口にしています。どれもやさしい言葉です。心にいちばんなじむものを、ひとつ選んでみてください。</p>



<h2 class="wp-block-heading">まとめ｜「だんだん」でいい。未来は明るい</h2>



<p class="wp-block-paragraph">「だんだんよくなる、未来は明るい」という言霊は、未来を保証してくれる魔法ではありません。今ある悩みを、すぐに消してくれるわけでもないのかもしれません。</p>



<div class="wp-block-sbd-background-block sbd-bg-color sbd-inner-block-init is-style-yellow">
<p class="wp-block-paragraph">けれど、<strong>急がなくていい、ちょっとずつでいいんだ</strong>と思わせてくれる。沈んだ心を、そっと上に向けてくれる。いちばん大きな支えは、たぶんそこにあるのだと、わたしは思っています。</p>
</div>



<p class="wp-block-paragraph"><span class="sbd-text-red">信じられなくても、構いません。すぐに明るくなれなくても、大丈夫です。</span></p>



<p class="wp-block-paragraph">もし今、うまくいかなくて落ち込んでいるなら、心の中で「だんだんよくなる、未来は明るい」と、そっと言ってみてください。<strong>ちょっとずつでいいのです。</strong>あなたの未来は、きっと、だんだん良くなっていきます。</p>

]]></content:encoded>
					
		
		
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