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	<title>小林正観 &#8211; なんとかなるブログ</title>
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	<description>言葉ひとつで、心は軽くなる。</description>
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	<title>小林正観 &#8211; なんとかなるブログ</title>
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	<item>
		<title>トイレ掃除で運気が変わる？｜小林正観さん・斎藤一人さんの教えと体験談</title>
		<link>https://www.nantokanaru.net/toire-souji/877/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[claude-writer]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 30 Jun 2026 01:17:25 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[小林正観]]></category>
		<category><![CDATA[斎藤一人]]></category>
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					<description><![CDATA[「トイレ掃除をすると、いいことがあるらしい」。そんな話を、どこかで耳にしたことがある人は、きっと多いと思います。 わたしも、そのひとりでした。半信半疑のまま、ある日とうとう、自分の手で便器をさわってみたのです。 この記事 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p class="wp-block-paragraph">「トイレ掃除をすると、いいことがあるらしい」。そんな話を、どこかで耳にしたことがある人は、きっと多いと思います。</p>



<p class="wp-block-paragraph">わたしも、そのひとりでした。半信半疑のまま、ある日とうとう、自分の手で便器をさわってみたのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">この記事では、小林正観さんや斎藤一人さんが語ってきた「トイレ掃除」の話と、実際にやってみたわたしの正直な体験を、いっしょに書いていきます。</p>



<div class="wp-block-sbd-background-block sbd-bg-color sbd-inner-block-init is-style-yellow">
<p class="wp-block-paragraph">先にお伝えしておきます。トイレ掃除をすれば<strong>必ずお金が入る、運が良くなる</strong>、という話ではありません。<span class="sbd-text-red">信じても、信じなくても大丈夫です。</span>「そう感じた人もいる」という、ゆるやかな範囲のお話として読んでください。</p>
</div>



<h2 class="wp-block-heading">わたしが、人生で初めて素手でトイレ掃除をした日</h2>



<p class="wp-block-paragraph">去年の夏のことです。わたしは生まれて初めて、素手でトイレ掃除をしました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">正直に言うと、「素手で掃除する」と聞いたとき、最初はその意味がよくわかりませんでした。<strong>本当に、素手で？</strong>と。考えただけで、少し身構えてしまう自分がいました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">でもあるとき、Xで、それを実際にやっている人の動画を見つけたのです。ほんとうに、素手で便器を磨いている人がいる。その姿になぜか胸を打たれて、「こんな人が、現実にいるんだ」と、わたしは少し感動してしまいました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">それで、自分でもやってみることにしました。自宅のトイレだったからか、思っていたほどの抵抗はありませんでした。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ところが——掃除をしている最中、<span class="sbd-text-bg-yellow">なぜだか、涙が出てきたのです。</span></p>



<p class="wp-block-paragraph">うまく言葉にできません。悲しいわけでも、つらいわけでもない。ただ、しゃがんで便器を磨いていたら、ふいに涙がこぼれてきた。自分でも「あれ？」と笑ってしまうような、不思議な時間でした。</p>



<p class="wp-block-paragraph">その日は「あの鐘を鳴らすのはあなた」という歌を聴きながら、二十分ほど、ただ黙々と磨きました。終わったあとの、あのすっきりとした気持ちよさは、今でもよく覚えています。</p>



<p class="wp-block-paragraph"><strong>「今日から毎日やろう」。</strong>そう、素直に思えた一日でした。</p>



<h2 class="wp-block-heading">きっかけは、櫻庭露樹さんの本でした</h2>



<p class="wp-block-paragraph">そもそも、わたしがトイレ掃除を始めたきっかけは、櫻庭露樹（さくらば つゆき）さんの本でした。</p>



<p class="wp-block-paragraph">櫻庭さんは、心学研究家の小林正観（こばやし せいかん）さんの教えを受け継いだ方として知られています。その本のなかで、<strong>「トイレ掃除をすると、臨時収入があるらしい」</strong>という話に出会ったのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ちなみに櫻庭さんは、家の物を思いきって手放す<a href="https://www.nantokanaru.net/zenshari/880/">全捨離（ぜんしゃり）</a>という考え方でも知られています。トイレ掃除と全捨離は、どこか同じ流れの上にあるのですね。</p>



<p class="wp-block-paragraph">正直に白状すると、はじめのわたしの動機は、かなり俗っぽいものでした。「お金が入るなら、やってみようかな」くらいの、軽い気持ちです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">でも、おもしろいことに、小林正観さんご自身が<span class="sbd-text-bg-yellow">「損得勘定でいいから、やってみよう」</span>と語っていたそうです。きれいな心でなくても、下心まじりでもかまわない、と。それを知って、なんだか少し肩の力が抜けました。</p>



<h2 class="wp-block-heading">トイレ掃除が「いい」と言われる、いくつかの理由</h2>



<p class="wp-block-paragraph">トイレ掃除がなぜいいと言われるのか。小林正観さんや斎藤一人さんは、それぞれの言葉で語っています。難しく考えず、「そんなふうに言う人もいるんだな」という気持ちで読んでみてください。</p>



<h3 class="wp-block-heading">小林正観さんの「宇宙の導管」のたとえ</h3>



<p class="wp-block-paragraph">小林正観さんは、こんなたとえを使いました。宇宙は、エネルギーがたっぷり蓄えられた大きなダム湖のようなもので、人はそこから流れを受け取る一本の導管（パイプ）のようなものだ、と。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「あれが欲しい、こうしたい」という気持ちが強すぎると、そのパイプが詰まってしまう。トイレ掃除は、その詰まりをそっと取り除く行いなのだ——そう考えたそうです。</p>



<h3 class="wp-block-heading">斎藤一人さんの「トイレに宿る神様」の話</h3>



<p class="wp-block-paragraph">一方、日本一の納税者として知られる斎藤一人さんは、トイレには<strong>烏枢沙摩明王（うすさまみょうおう）</strong>という神様が宿る、という言い伝えを紹介しています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">また、「家には七人の神様がいて、最後にトイレへやってくる神様が、いちばん大きな袋に宝物を入れている」というお話もあります。だからトイレを大切にすると、その神様によろこんでもらえる、というわけです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">斎藤一人さんは、トイレの蓋を閉めることを<span class="sbd-text-bg-yellow">「金かくし」</span>と呼んでいたそうです。良い気を外へ逃がさないように、という願いがこめられているのですね。</p>



<h3 class="wp-block-heading">小林正観さんの「そわか」の法則</h3>



<p class="wp-block-paragraph">小林正観さんは、人生がやさしく回り出すコツとして「そわか」という言葉も残しています。</p>



<ul class="wp-block-list is-style-sbd-noborder-orange">
<li>そ……掃除（トイレ掃除も、そのひとつ）</li>



<li>わ……笑い</li>



<li>か……感謝</li>
</ul>



<p class="wp-block-paragraph">掃除して、笑って、感謝する。たったそれだけのこと。でも、続けてみると、案外この三つはむずかしい。だからこそ、ひとつずつでいいのだと思います。</p>



<div class="wp-block-sbd-background-block sbd-bg-color sbd-inner-block-init is-style-yellow">
<p class="wp-block-paragraph">もちろん、これらは「必ずそうなる」という保証ではありません。<span class="sbd-text-red">信じられなくても、まったく問題ありません。</span>ただ、昔から多くの人が、こういう話を大切にしてきた。その事実が、わたしには少しあたたかく感じられます。</p>
</div>



<h2 class="wp-block-heading">無理のない、トイレ掃除の始め方</h2>



<p class="wp-block-paragraph">「やってみようかな」と思えたら、肩の力を抜いて、こんなふうに始めてみてください。</p>



<ul class="wp-block-list is-style-sbd-noborder-orange">
<li>まずは、便器の内側を、いつもより少していねいに磨く</li>



<li>フチの裏や床も、気づいたところだけでいい</li>



<li>終わったら、トイレの蓋をそっと閉める</li>



<li>できれば、毎日少しずつ続けてみる</li>



<li>好きな音楽を流しながらでも大丈夫</li>
</ul>



<p class="wp-block-paragraph">素手でやるかどうかは、<span class="sbd-text-bg-yellow">無理をしなくて大丈夫です。</span>わたしは素手でやってみて、たまたま心が動きましたが、ゴム手袋でも、掃除の道具を使っても、気持ちはちゃんとこもります。<span class="sbd-text-red">自分が続けられるやり方が、いちばんです。</span></p>



<p class="wp-block-paragraph">「感謝の気持ちで」と言われると身構えてしまいますが、最初は「ありがとう」と心の中でつぶやくくらいで十分だと、わたしは思っています。</p>



<h2 class="wp-block-heading">続けてみて、わたしに起きた小さな変化</h2>



<p class="wp-block-paragraph">あれから、わたしは今もトイレ掃除を続けています。正直なところ、<strong>慣れてしまえば、まったく苦になりません。</strong>毎日のことなので、もう特別なことだとも思わなくなりました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">おもしろいもので、汚れたものを手でさわることへの抵抗も、いつのまにか薄れていました。掃除を終えたあとは、<span class="sbd-text-bg-yellow">心が少し洗われるような感覚</span>があります。</p>



<p class="wp-block-paragraph">お金の話も、正直に書いておきます。じつは、ちょっとした臨時収入のような出来事が、わたしにもありました。あるキャンペーンに応募したら、二万円分のポイントが当たったのです。</p>



<div class="wp-block-sbd-background-block sbd-bg-color sbd-inner-block-init is-style-yellow">
<p class="wp-block-paragraph">もちろん、これをトイレ掃除のおかげだと言い切るつもりはありません。<span class="sbd-text-red">ただの偶然かもしれませんし、同じことが起きると保証もできません。</span>そういう小さな出来事が、たまたまあった——という、それだけのお話です。</p>
</div>



<p class="wp-block-paragraph">むしろ最近のわたしは、お金は少し<strong>怖いもの</strong>だとも感じています。大金がほしいという気持ちは、だれにでもあると思います。でも、大きなお金には、大きな重さもある。そう思うようになってから、宝くじを買うのもやめました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">お金が増えた、というより、お金との<span class="sbd-text-bg-yellow">ちょうどいい距離感</span>のようなものが、自分の中で少し変わった。トイレ掃除を続けて、わたしが受け取ったいちばん大きなものは、たぶんそれだと思っています。</p>



<h2 class="wp-block-heading">蓋を閉めるのは、わたしだけの習慣</h2>



<p class="wp-block-paragraph">トイレの蓋を閉めること。これは、わたしは毎回かならず守っています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ただ、白状すると、<strong>家族はまったく協力してくれません。</strong>「閉めてね」と何度お願いしても、開けっ放しのままです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">でも、それでいいのだと、思うようになりました。<span class="sbd-text-bg-yellow">人は、なかなか変えられません。</span>たとえ家族であっても、です。だから、わたしは気づいたときに、そっと自分で閉める。<span class="sbd-text-red">自分のぶんだけ守れたら、それでいい。</span></p>



<p class="wp-block-paragraph">これも、トイレ掃除がそっと教えてくれたことのひとつ、なのかもしれません。</p>



<h2 class="wp-block-heading">うまく続けられない日もある</h2>



<p class="wp-block-paragraph">毎日やろう、と決めても、できない日はきます。疲れている日、気持ちが沈んでいる日。そういう日に、無理にやる必要はありません。</p>



<p class="wp-block-paragraph">小林正観さんは、効果を感じられない人の特徴として、不平不満や愚痴が多いこと、いつもイライラしていることを挙げていたそうです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">でも、これは誰かを責めるための言葉ではないと、わたしは受け取っています。掃除そのものより、<strong>そのときの心のありようが、やさしくほどけているかどうか</strong>のほうが、たぶん大事なのでしょう。</p>



<p class="wp-block-paragraph">できない日があってもいい。また気が向いたら、しゃがんでみる。それくらいの距離感で、ちょうどいいのだと思います。</p>



<h2 class="wp-block-heading">よくある質問</h2>



<h3 class="wp-block-heading">Q. お金や臨時収入は、本当に入るのですか？</h3>



<p class="wp-block-paragraph">A. わたしの場合は、ちょっとした臨時収入のような出来事がありました。でも、それが掃除のおかげかどうかはわかりませんし、保証もできません。お金のためというより、心が整う時間として続けるほうが、結局はいちばん長続きするように思います。</p>



<h3 class="wp-block-heading">Q. 素手でやらないと意味がないですか？</h3>



<p class="wp-block-paragraph">A. そんなことはありません。素手は「より気持ちがこもる」という人もいますが、手袋でも道具でも大丈夫です。自分が心地よく続けられる形を選んでください。</p>



<h3 class="wp-block-heading">Q. 毎日できないと、ダメですか？</h3>



<p class="wp-block-paragraph">A. 大丈夫です。できる日に、できるだけ。続かない自分を責めないことのほうが、ずっと大切だと思います。</p>



<h3 class="wp-block-heading">Q. 信じていなくても、やっていいのでしょうか？</h3>



<p class="wp-block-paragraph">A. もちろんです。「損得勘定でいい」と言われるくらいですから、半信半疑のままで、まったく問題ありません。</p>



<h2 class="wp-block-heading">まとめ</h2>



<p class="wp-block-paragraph">トイレ掃除をしたからといって、人生が劇的に変わるわけではないかもしれません。</p>



<p class="wp-block-paragraph">でも、しゃがんで、黙々と便器を磨いたあの二十分、わたしの心は確かに少しだけ静かになりました。涙が出て、すっきりして、「明日もやろう」と思えた。<span class="sbd-text-bg-yellow">それだけで、十分だったのです。</span></p>



<p class="wp-block-paragraph">もしあなたが、なんだか心のざわざわする夜をすごしているなら。お金のためでも、運のためでもなく、ただ自分の手で、いちばん小さな場所をきれいにしてみる。<span class="sbd-text-red">そんな時間が、そっと味方になってくれることがあります。</span></p>



<p class="wp-block-paragraph">無理のない範囲で、よかったら、いっしょに始めてみませんか。</p>



<h2 class="wp-block-heading">もっと知りたい方へ（本・朗読）</h2>



<p class="wp-block-paragraph">わたしがトイレ掃除を始めるきっかけになった櫻庭露樹さんの本や、小林正観さんの考え方は、本でじっくり読むと、また違う発見があります。</p>



<div class="wp-block-sbd-background-block sbd-bg-color sbd-inner-block-init is-style-yellow">
<p class="wp-block-paragraph">▼ わたしのきっかけになった一冊</p>



<p class="wp-block-paragraph"><a href="https://www.amazon.co.jp/dp/4866800690/?tag=revolver0c5-22" rel="sponsored nofollow noopener" target="_blank">世の中の運がよくなる方法を試してみた（櫻庭露樹・著／Amazon）</a></p>
</div>



<p class="wp-block-paragraph">じつはわたしは、この本をAudible（オーディブル）で“聴いて”知ったひとりです。トイレ掃除のことも、この一冊のなかで語られています。本を読む時間がなかなかとれない方は、家事をしながら、寝る前のひとときに、耳で聴いてみるのもおすすめです。</p>



<p class="wp-block-paragraph"><a href="https://www.audible.co.jp/pd/B0CQYCDCGC?tag=revolver0c5-22" rel="sponsored nofollow noopener" target="_blank">▶ Audible版「世の中の運がよくなる方法を試してみた」を聴いてみる</a></p>

]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>人間関係に疲れたとき｜斎藤一人さん・小林正観さんに学んだ、心が軽くなる付き合い方</title>
		<link>https://www.nantokanaru.net/kobayasi-seikan-relationships/378/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[claude-writer]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 17 Jul 2025 02:48:47 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[小林正観]]></category>
		<category><![CDATA[斎藤一人]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.nantokanaru.net/?p=378</guid>

					<description><![CDATA[気の合わない人とも、なんとなく付き合っていかないといけない。逃げられそうで、逃げられない。人間関係のそういう疲れは、ふとした夜に、じわりと重くのしかかってきます。 この記事では、わたし自身が人間関係でしんどくなったときに [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p class="wp-block-paragraph">気の合わない人とも、なんとなく付き合っていかないといけない。逃げられそうで、逃げられない。人間関係のそういう疲れは、ふとした夜に、じわりと重くのしかかってきます。</p>



<p class="wp-block-paragraph">この記事では、わたし自身が人間関係でしんどくなったときに、少し楽になれた考え方を、正直にお伝えします。<strong>斎藤一人さんと小林正観さん、おふたりの教え</strong>を、わたしの体験にそえながらご紹介します。</p>



<div class="wp-block-sbd-background-block sbd-bg-color sbd-inner-block-init is-style-yellow">
<p class="wp-block-paragraph"><span class="sbd-text-red">※うまく割り切れなくても、大丈夫です。</span>人間関係の正解は、人それぞれです。「こうすれば必ずうまくいく」という話ではなく、少し肩の力が抜けるきっかけになれば、という記事です。</p>
</div>



<h2 class="wp-block-heading">気の合わない人は、どうしても出てきます</h2>



<p class="wp-block-paragraph">まず、大前提として。<strong>気の合う人・合わない人がいるのは、とても自然なことです。</strong>どんな場所にも、「ちょっと苦手だな」と感じる人は、必ずと言っていいほどいます。</p>



<p class="wp-block-paragraph">わたし自身、あまりおしゃべりな方ではないので、<span class="sbd-text-bg-yellow">勢いのある、にぎやかなタイプの人は、正直すこし苦手です。</span>合わせようとすると、どっと疲れてしまいます。</p>



<p class="wp-block-paragraph">それでも、付き合いを完全になくすわけにはいかない場面もあります。たとえば、子どもの習い事やスポーツの、保護者どうしの付き合いなどです。</p>



<h2 class="wp-block-heading">わたしは、無理に友達にならなくていいと思っています</h2>



<p class="wp-block-paragraph">そういう「逃げられない付き合い」の中で、わたしがたどりついた気持ちは、とてもシンプルです。<strong>無理に、友達にならなくていい。</strong></p>



<p class="wp-block-paragraph">ずっと一緒にいるわけでもありませんし、深く仲良くならなければいけない決まりもありません。<span class="sbd-text-bg-yellow">なんとなく感じよく接して、なんとなく過ごしていれば、それで十分。</span>わたしは、そう考えるようにしています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そう思えるようになってから、人と会う前の気の重さが、ずいぶん軽くなりました。「仲良くしなきゃ」と気負わないだけで、こんなに楽になるのかと、自分でも少し驚いたほどです。</p>



<h2 class="wp-block-heading">小林正観さんに学ぶ「悪口を言わない」ということ</h2>



<p class="wp-block-paragraph">ここで、おひとり目の教えです。<strong>たくさんの本を書かれた心学研究家・小林正観さん</strong>は、「五戒（ごかい）」という考え方を伝えていました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">五戒とは、<span class="sbd-text-bg-yellow">「不平不満・愚痴・泣き言・悪口・文句」の5つを、できるだけ口にしない</span>、という心がけのことです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">じつは、これはわたしがずっと大事にしてきたことと、そのまま重なりました。<strong>わたしは、人の悪口が本当に苦手です。</strong>表面上はにこやかにしていても、裏で誰かの悪口を言い合う——ああいう空気が、どうしても好きになれません。</p>



<p class="wp-block-paragraph">それに、どんな人にも、いいところは必ずあります。<strong>それなのに、なぜ悪いところばかり探して口にするのだろう</strong>、と、わたしはいつも不思議に思うのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">悪口を言わないと決めるだけで、心の中が、ずいぶん静かになります。人のいいところに目を向けているほうが、自分自身も、ずっと穏やかでいられる気がしています。</p>



<h2 class="wp-block-heading">斎藤一人さんに学ぶ「みんなに好かれようとしない」</h2>



<p class="wp-block-paragraph">おふたり目は、<strong>日本一の納税者として知られる実業家・斎藤一人さん</strong>です。斎藤一人さんは、人間関係について、こんなことを伝えています。</p>



<p class="wp-block-paragraph"><span class="sbd-text-bg-yellow">みんなに好かれようとすると、かえってうまくいかない。</span>明るく、やさしく接して、それでも合わない人がいるなら、無理をして付き合わなくていい——という考え方です。</p>



<p class="wp-block-paragraph">人には、波長のようなものがあります。自分が自分らしくしていれば、<strong>縁のある人は自然と近づき、縁のない人は自然と離れていく</strong>。だから、去っていく人を無理に引き止めなくていいのだ、と。</p>



<p class="wp-block-paragraph">この教えは、わたしの背中をそっと押してくれました。<strong>辛い思いをしてまで、その関係を続けなくてもいい。</strong>まずは、自分を大切にする。会社のように逃げにくい場所でも、本当に無理なら、離れる道はちゃんとあります。</p>



<h2 class="wp-block-heading">正直な話——きれいに割り切れているわけではありません</h2>



<p class="wp-block-paragraph">ここは、正直に書いておきます。<strong>わたしも、いつも堂々と割り切れているわけではありません。</strong></p>



<p class="wp-block-paragraph">苦手な人がいても、その場ではやっぱり、表面上はにこやかに合わせています。心の中では気が進まなくても、波風を立てないように、なんとなく笑顔でやり過ごす。そんな自分も、たしかにいます。</p>



<p class="wp-block-paragraph">それでいいのだと、わたしは思っています。<span class="sbd-text-bg-yellow">全員と心から仲良くなる必要はありません。</span>ただ、その中でも「悪口には加わらない」——わたしにとっての一線は、それくらいのシンプルなものです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">無理に自分を変えなくても、たったひとつ「自分はこうする」という線を持っておくだけで、人間関係は少し楽になります。</p>



<h2 class="wp-block-heading">よくある疑問</h2>



<h3 class="wp-block-heading">Q. 苦手な人と、どうしても付き合わないといけません。どうすれば？</h3>



<p class="wp-block-paragraph">A. 「友達になる」ではなく「なんとなく感じよく接する」くらいに、目標を下げてみてください。深く関わろうとしないだけで、気持ちはずいぶん軽くなります。</p>



<h3 class="wp-block-heading">Q. 周りが悪口で盛り上がっているとき、どうしていますか？</h3>



<p class="wp-block-paragraph">A. わたしは、加わらずに、そっと聞き流しています。否定して波風を立てる必要はありません。ただ自分は言わない、というだけで十分だと思っています。</p>



<h3 class="wp-block-heading">Q. 「離れていい」と言われても、なかなか離れられません。</h3>



<p class="wp-block-paragraph">A. すぐに離れなくても大丈夫です。まずは心の中で「無理に仲良くしなくていい」と思うだけでも、距離が生まれます。離れるかどうかは、そのあと、ゆっくり決めればいいことです。</p>



<h2 class="wp-block-heading">おわりに</h2>



<p class="wp-block-paragraph">人間関係の悩みは、たぶん、生きているかぎりなくなりません。それでも、<strong>「無理に友達にならない」「悪口は言わない」「自分を大切にする」</strong>——この3つを心に置いておくだけで、ずいぶん呼吸がしやすくなります。</p>



<p class="wp-block-paragraph">もし今、誰かとの関係でくたびれているなら、どうか思い出してください。<span class="sbd-text-red">辛い思いをしてまで、続けなくていいのです。</span>そして、あなたが嫌だと感じているその人にも、きっと、どこかにいいところはあります。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ひとりでいることが悪いわけでもありません。そのあたりのことは、<a href="https://www.nantokanaru.net/saitou-hitori-friendless/243/">「友達がいないのは悪いこと？」</a>という記事にも書いていますので、よかったらのぞいてみてください。うまくいかない日は、<a href="https://www.nantokanaru.net/nantokanaru/116/">「大丈夫、なんとかなる」</a>と、そっと自分に言ってあげてくださいね。</p>

]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>「ありがとう」を25000回｜山寺で数千回唱えたわたしの正直な体験談</title>
		<link>https://www.nantokanaru.net/kobayasi-seikan-arigatou/295/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[claude-writer]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 07 Jul 2025 07:43:27 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[小林正観]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.nantokanaru.net/?p=295</guid>

					<description><![CDATA[「ありがとう」を25000回言うと、いいことが起きる。そんな話を聞いて、いつか試してみたいと思っている方は、けっこう多いのかもしれません。 わたしも、その一人でした。そして実際に、山にのぼりながら、数えきれないくらい「あ [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p class="wp-block-paragraph">「ありがとう」を25000回言うと、いいことが起きる。そんな話を聞いて、いつか試してみたいと思っている方は、けっこう多いのかもしれません。</p>



<p class="wp-block-paragraph">わたしも、その一人でした。そして実際に、山にのぼりながら、数えきれないくらい「ありがとう」を口にした日があります。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ただ、先にひとつだけ正直に書いておきます。<strong>わたしの場合、それで劇的な奇跡が起きたわけではありませんでした。</strong>それでも、今も「ありがとう」はわたしの口ぐせのように残っています。</p>



<div class="wp-block-sbd-background-block sbd-bg-color sbd-inner-block-init is-style-yellow">
<p class="wp-block-paragraph"><span class="sbd-text-red">※信じても、信じなくても大丈夫です。</span>「何回言えば必ず幸せになる」というお話ではありません。あくまで、わたしが感じたことを、そのままお伝えするだけの記事です。</p>
</div>



<h2 class="wp-block-heading">「ありがとう」を25000回とは、どんな言葉か</h2>



<p class="wp-block-paragraph">「ありがとう」という言葉には、<strong>口に出しているだけで、少し気持ちがやわらぐようなあたたかさ</strong>があります。言われるとうれしいですし、不思議なもので、自分で言っても、なんだかホッとするところがあります。</p>



<p class="wp-block-paragraph">この「ありがとうをたくさん言う」という実践を広めたのは、<strong>心学研究家として知られる小林正観さん</strong>という方です。たくさんの本を書かれ、講演を続けてこられた方で、2011年に亡くなられています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">正観さんは、こんなふうに伝えていたそうです。<span class="sbd-text-bg-yellow">心を込めなくてもいいから、まず「ありがとう」を25000回言ってみる。</span>そうすると、あるとき急に感謝の気持ちがあふれてきて、涙が出てくることがある——と。</p>



<p class="wp-block-paragraph">わたしがこの話を知ったのも、櫻庭露樹さんやひすいこたろうさんが、動画の中で楽しそうに紹介していたのがきっかけでした。</p>



<p class="wp-block-paragraph">この「ありがとう25000回」には、ちょっとしたルールがあります。要点をまとめると、こんな感じです。</p>



<ul class="wp-block-list is-style-sbd-noborder-orange">
<li>言うのは「ありがとう」だけ。心はこもっていなくても大丈夫</li>



<li>回数は25000回。何日かに分けても、一気に言ってもよい</li>



<li>とちゅうで<strong>愚痴・不平不満・悪口を言うと、数がリセット</strong>されると言われている</li>
</ul>



<p class="wp-block-paragraph">「せっかく数えたのに、愚痴ひとつでゼロに戻るの？」と、ちょっと厳しく感じるかもしれません。でも、ここにやさしい救済ルールもあります。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ひすいこたろうさんが紹介しているのは、<span class="sbd-text-bg-yellow">うっかり愚痴を言ってしまっても、すぐに「なしなし、今のなし」と言えばセーフ</span>、という考え方です。<strong>完璧にできなくてもいい</strong>、という空気が、なんだかホッとしますよね。</p>



<h2 class="wp-block-heading">わたしが、山寺で数千回「ありがとう」を唱えた日のこと</h2>



<p class="wp-block-paragraph">この「ありがとう」を、わたしがいちばん本気で唱えたのは、山形にある山寺にのぼったときでした。</p>



<p class="wp-block-paragraph">山寺は、長い石段を、一段一段のぼっていくお寺です。せっかく静かな山道を歩くのだから、と思って、<strong>のぼりながらずっと「ありがとう、ありがとう」と口にしてみることにしました。</strong></p>



<p class="wp-block-paragraph">これが、やってみると意外とむずかしいのです。何度も続けて言っていると、だんだん呂律が回らなくなってきて、<span class="sbd-text-bg-yellow">「ありがとう」が「あがりしま」みたいな、へんな言葉に崩れてくる</span>のです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">それでも、行きも、頂上でも、帰りも、ずっと言い続けました。時間にして、たぶん一時間半くらいでしょうか。<strong>数えていなかったので正確には分かりませんが、数千回は言ったと思います。</strong></p>



<p class="wp-block-paragraph">「言っているうちに涙があふれてくる」と聞いていたので、心のどこかで、そうなる自分を少し期待していたのだと思います。</p>



<h2 class="wp-block-heading">正直な話——涙は出ませんでした</h2>



<p class="wp-block-paragraph">ここが、この記事でいちばん正直に書いておきたいところです。</p>



<p class="wp-block-paragraph"><strong>結局、涙は出ませんでした。特別なことも、何も起きませんでした。</strong>数千回言って、山をおりて、そのまま一日が終わりました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">25000回には、まったく届いていなかったのだと思います。きっと、<span class="sbd-text-bg-yellow">わたしの回数が、単純に足りなかったのでしょうね。</span></p>



<p class="wp-block-paragraph">「なんだ、意味がなかったのか」と思われるかもしれません。でも、わたしはそうは感じていません。<strong>あの山道で「ありがとう」を言い続けた時間そのものが、なんだか気持ちのいい時間だったからです。</strong></p>



<p class="wp-block-paragraph">というのも、<strong>「ありがとう」は、自分で言った声が、自分の耳からもう一度入ってきます。</strong>人から「ありがとう」と言われるとうれしいのと同じで、自分の声でも、言われるとどこか心地いいのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">奇跡は起きませんでした。でも、あの日から「ありがとう」という言葉が、少しだけわたしの近くに来てくれた気がしています。</p>



<h2 class="wp-block-heading">いまは、口ぐせみたいに「ありがとう」が出てきます</h2>



<p class="wp-block-paragraph">面白いもので、あれから日常のなかで、<strong>ちょっとしたことにもすぐ「ありがとう」「ありがたいな」と言うようになりました。</strong></p>



<p class="wp-block-paragraph">人に対してだけではありません。毎日使っている道具にも、あたたかいごはんにも、「ありがたいな」とつぶやいている自分がいます。</p>



<p class="wp-block-paragraph">大きな幸せでなくても、<span class="sbd-text-bg-yellow">ほんの小さなことに「幸せだな」「ありがたいな」と感じやすくなった</span>——これが、わたしにとっての、いちばんの変化かもしれません。「ついてる」という言葉と同じくらい、「ありがとう」も口ぐせになってきました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そう考えると、25000回に届かなくても、あの山寺の時間は、ちゃんと今につながっているのだと思います。</p>



<h2 class="wp-block-heading">無理のない、「ありがとう」の取り入れ方</h2>



<p class="wp-block-paragraph">もし試してみたいなと思ったら、いちばんのコツをお伝えします。それは、<strong>「ありがたい気持ちが湧いてくるのを待たなくていい」</strong>ということです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ありがたくなくても、とりあえず「ありがとう」と言ってしまう。<span class="sbd-text-bg-yellow">何にありがとうなのか分からなくても、言葉そのものがいいので、まず口に出せばいい</span>のだと、わたしは思っています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そうしているうちに、だんだん口ぐせになって、ふっと自然に出てくるようになります。そうなったら、しめたものです。言うたびに、自分の声で少し気持ちがほぐれていきます。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ただ、ひとつ正直に付け加えておきたいことがあります。</p>



<p class="wp-block-paragraph"><strong>本当に心がしんどいときには、「ありがとう」は、なかなか出てきません。</strong>むりに感謝しようとすると、かえって苦しくなることもあります。</p>



<p class="wp-block-paragraph">わたし自身、つらいときに出てくるのは「ありがとう」ではなく、<a href="https://www.nantokanaru.net/nantokanaru/116/">「大丈夫、なんとかなる」</a>のような言葉のほうです。<span class="sbd-text-red">だから、しんどいときは、無理に「ありがとう」を言おうとしなくて大丈夫です。</span>言葉は、そのときの自分に合うものを選べばいいのだと思います。</p>



<div class="wp-block-sbd-background-block sbd-bg-color sbd-inner-block-init is-style-yellow">
<p class="wp-block-paragraph">「ありがとう」は、余裕があるときに、そっと積み重ねていくお守りのような言葉です。しんどいときは、<a href="https://www.nantokanaru.net/nantokanaru-experience/173/">「なんとかなる」</a>や<a href="https://www.nantokanaru.net/saitou-hitori-tsuiteru/324/">「ついてる」</a>など、そのときの自分をいちばん支えてくれる言葉に、静かに頼ってください。</p>
</div>



<h2 class="wp-block-heading">よくある疑問</h2>



<h3 class="wp-block-heading">Q. 心を込めなくても、意味はあるのでしょうか？</h3>



<p class="wp-block-paragraph">A. 小林正観さんも「心を込めなくていい」と伝えていたそうです。わたしの実感でも、まず言葉を口にすることが大事で、気持ちはあとから、ゆっくりついてくるように思います。</p>



<h3 class="wp-block-heading">Q. 25000回に届かないと、意味がないですか？</h3>



<p class="wp-block-paragraph">A. そんなことはないと、わたしは思います。わたし自身、25000回には遠くおよびませんでしたが、それでも「ありがとう」が口ぐせになり、小さなことに感謝しやすくなりました。回数はひとつの目安、くらいに考えておくと気楽です。</p>



<h3 class="wp-block-heading">Q. 途中で愚痴を言ってしまったら、どうすればいいですか？</h3>



<p class="wp-block-paragraph">A. 「なしなし、今のなし」と言えばセーフ、というやさしいルールもあります。そもそも、そんなに厳密に考えなくても大丈夫です。うっかりを責めるより、また言いはじめればいい、くらいの気持ちがちょうどいいと思います。</p>



<h3 class="wp-block-heading">Q. 声に出さず、心の中で言ってもいいですか？</h3>



<p class="wp-block-paragraph">A. もちろん大丈夫です。ただ、わたしの体験でいうと、小さくても声に出したほうが、自分の耳から言葉が入ってきて、より気持ちがやわらぐ気がしています。場面に合わせて、使い分けてみてください。</p>



<h2 class="wp-block-heading">おわりに</h2>



<p class="wp-block-paragraph">山寺で数千回の「ありがとう」を唱えても、わたしには涙も奇跡も訪れませんでした。正直に言えば、そのときは少しだけ拍子抜けもしました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">それでも、あの日からずっと、「ありがとう」はわたしのそばに残っています。<strong>大きな奇跡ではなく、小さなことをありがたいと思える日が、少しずつ増えていく。</strong>わたしにとっての「ありがとう」の効果は、たぶん、そういうものでした。</p>



<p class="wp-block-paragraph">もし、よかったら。ありがたくなくてもかまいませんので、今日、ひとつだけ「ありがとう」と口にしてみてください。その声が、あなたの耳にも、やさしく届きますように。</p>

]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>友達がいないのは悪いこと？斎藤一人さんの言葉で楽になった体験談</title>
		<link>https://www.nantokanaru.net/saitou-hitori-friendless/243/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[claude-writer]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 01 Jul 2025 02:00:14 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[小林正観]]></category>
		<category><![CDATA[斎藤一人]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.nantokanaru.net/?p=243</guid>

					<description><![CDATA[休みの日に、気軽に誘える人がいない。まわりが友達同士で楽しそうにしているのを見ると、少しだけ胸がしぼむ。「自分には友達がいないな」と、ふと感じる夜がありませんか。 じつは、これを書いているわたし自身が、まさにそういう人間 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p class="wp-block-paragraph">休みの日に、気軽に誘える人がいない。まわりが友達同士で楽しそうにしているのを見ると、少しだけ胸がしぼむ。「自分には友達がいないな」と、ふと感じる夜がありませんか。</p>



<p class="wp-block-paragraph">じつは、これを書いているわたし自身が、まさにそういう人間です。今日は、<strong>斎藤一人さんの言葉で、その気持ちがふっと軽くなった話</strong>を、正直に書いてみます。</p>



<div class="wp-block-sbd-background-block sbd-bg-color sbd-inner-block-init is-style-yellow">
<p class="wp-block-paragraph"><span class="sbd-text-red">※「友達は無理に作らなくて大丈夫」という話です。</span>「一人でも平気になれ」と励ますのでも、「やっぱり友達は大事」と説教するのでもありません。どっちつかずの気持ちのまま、読んでみてください。</p>
</div>



<h2 class="wp-block-heading">わたしは「一人ぼっち好きの、寂しがり屋」です</h2>



<p class="wp-block-paragraph">自分のことを、わたしはひそかに<strong><span class="sbd-text-bg-yellow">「一人ぼっち好きの、寂しがり屋」</span></strong>と呼んでいます。われながら、ややこしい人間だなと思います。</p>



<p class="wp-block-paragraph">基本的には、一人がいいのです。一人の時間は気楽で、なにより疲れません。誰にも気をつかわなくていい時間が、わたしはけっこう好きです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">それなのに、まわりの人が友達同士でわいわい笑っているのを見ると、<strong>「いいなあ、うらやましいなあ」</strong>と思ってしまう。あんなふうに、自分もやってみたいなと思うのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">でも、いざ自分がやろうとしたら、きっとどっと疲れるだろうな、というのも目に見えている。<span class="sbd-text-bg-yellow">一人は好き、でも少し寂しい。</span>この複雑さと、ずっと一緒に生きています。</p>



<h2 class="wp-block-heading">人と話すときの、あのプレッシャー</h2>



<p class="wp-block-paragraph">そもそもわたしは、人と話すのが、あまり得意ではありません。ずっと仲のいい人となら、気楽に話せます。でも、<strong>ちょっと微妙な間柄の人</strong>と話すときが、どうも苦手なのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そういうとき、頭の中でこんなことを考えてしまいます。「自分なんかと話して、この人、楽しいのかな」。<strong>「なにか面白いことを言って、相手を楽しませないと」</strong>と。</p>



<p class="wp-block-paragraph">この「楽しませなきゃ」というプレッシャーが、じわじわと重い。だから、正直なところ、あまり人と話したくないな、と思ってしまうのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">同じように感じている方は、きっと少なくないと思います。人づきあいが、なんとなく面倒くさい。でも、まったく平気なわけでもない。そういう気持ちです。</p>



<h2 class="wp-block-heading">友達を作りたい、でも「面倒くさい」</h2>



<p class="wp-block-paragraph">友達は、本当にあまりいません。そして、正直に言うと、<strong>作りたいとも、あまり思わない</strong>のです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">いえ、「作ったら、きっと楽しいだろうな」とは思うのです。思うのですが、その次に必ず、<strong>「うーん、面倒くさいな」</strong>という気持ちが、正直にやってくる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">この矛盾に、わたしは長いあいだ、少しだけ後ろめたさを感じていました。友達がいないのは、自分に何か足りないところがあるからなんじゃないか、と。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「一人でも成長できる」という言葉に、救われた</h2>



<p class="wp-block-paragraph">そんなとき、斎藤一人さんの話のなかで、こんな考え方に出会いました。わたしなりに受け取ったのは、こういうことです。</p>



<p class="wp-block-paragraph"><strong><span class="sbd-text-bg-yellow">友達がたくさんいることで成長する人もいれば、一人の時間で成長していく人もいる。</span></strong>どちらが正しい、というものではない、と。</p>



<p class="wp-block-paragraph">これを聞いたとき、わたしはずいぶん気が楽になりました。<strong>「ああ、自分は、一人でも成長していけるタイプなんだな」</strong>と、すとんと腑に落ちたのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">斎藤一人さんは、誰にでも好かれようと無理をしなくていい、まず自分を大切にすることが先だ、というお話もされています。人に合わせて自分をすり減らすより、自分のままでいる。すると、縁のある人とは自然につながっていく、と。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「楽しませなきゃ」と気を張っていたわたしには、この<span class="sbd-text-red">「無理に好かれようとしなくていい」</span>という言葉が、そっと肩の力を抜いてくれました。斎藤一人さんの前向きな言葉については、<a href="https://www.nantokanaru.net/tengokukotoba/85/">天国言葉の記事</a>でも書いています。</p>



<h2 class="wp-block-heading">寂しさも、無理に消さなくていい</h2>



<p class="wp-block-paragraph">ここで、正直なことを付け加えておきます。この言葉で楽になったからといって、<strong>寂しさが完全に消えたわけではありません。</strong></p>



<p class="wp-block-paragraph">今でも、みんなでわいわいしている人たちを見れば、「楽しそうだな、いいなあ」と思います。その気持ちは、たぶん、これからも消えないのだと思います。</p>



<p class="wp-block-paragraph">でも、それでいいのだと、今は思っています。<strong>一人が好きなのも本当。ちょっと寂しいのも本当。</strong>どちらかに決める必要はなくて、両方の気持ちを、そのまま持っていていいのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「一人でいる自分はダメだ」と責めるのを、まずやめる。それだけで、一人の時間が、少しやわらかいものに変わっていく気がします。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「良き友」について、小林正観さんの話も少しだけ</h2>



<p class="wp-block-paragraph">ここまでは、斎藤一人さんの言葉に救われた、というわたしの話でした。最後に、<strong>「良き友」について小林正観さんが語っていること</strong>も、そういう見方もあるよ、というくらいの気持ちで、少しだけそえておきます。</p>



<p class="wp-block-paragraph">心学研究家として知られる小林正観さんは、人が生きるうえで大切なのは<span class="sbd-text-bg-yellow">「喜ばれる存在になること」</span>だと言っています。友達を増やそうとがんばるのではなく、<strong>自分が、まわりの人を少し笑顔にする側でいる</strong>。すると、気の合う人とは、自然につながっていくことがある、と。</p>



<p class="wp-block-paragraph">これは、斎藤一人さんの「縁のある人とは自然につながる」という話とも、どこか重なります。<strong>追いかけて作るのではなく、自分がやさしくしていれば、合う人だけが残っていく</strong>。そういう、力の抜けた友達のでき方です。</p>



<p class="wp-block-paragraph">じつは、わたしにも少しだけ思い当たることがあります。友達を増やそうとは思わないのですが、<strong>見ず知らずの人にでも「よく頑張っていますね」と、そっと声をかけたくなる</strong>ことがあるのです。友達になるためではなく、ただ、その人が少し軽くなればいいな、と思って。</p>



<p class="wp-block-paragraph">小林正観さんの言う「喜ばれる存在」というのは、案外、そういう小さなことなのかもしれません。お釈迦さまも「良き友を持つことは、それだけで尊いことだ」と説いた、と正観さんは紹介しています。</p>



<div class="wp-block-sbd-background-block sbd-bg-color sbd-inner-block-init is-style-yellow">
<p class="wp-block-paragraph">ただ、これも<span class="sbd-text-red">「良き友を作らなきゃ」と義務にしなくて大丈夫です。</span>喜ばれる存在でいるのも、心に余裕のある日に、ひとつやってみるくらいで十分。できない日は、しなくていいのです。</p>
</div>



<h2 class="wp-block-heading">よくある疑問</h2>



<h3 class="wp-block-heading">Q. 友達がいないのは、やっぱり良くないことですか？</h3>



<p class="wp-block-paragraph">A. 良い・悪いで決めなくていいと思います。友達が多くて元気が出る人もいれば、一人の時間で力を蓄える人もいます。あなたがどちらのタイプか、というだけの話です。</p>



<h3 class="wp-block-heading">Q. 人と話すと気をつかって疲れてしまいます。</h3>



<p class="wp-block-paragraph">A. わたしもまったく同じです。「相手を楽しませなきゃ」と気負うと、どうしても疲れます。無理に話し上手になろうとしなくて大丈夫です。話せる相手とだけ、話せばいいと思います。</p>



<h3 class="wp-block-heading">Q. 少し寂しい気持ちは、どうすればいいですか？</h3>



<p class="wp-block-paragraph">A. 消そうとしなくて大丈夫です。寂しさは、無理に打ち消そうとすると、かえって大きくなります。「今、ちょっと寂しいな」と、そのまま認めてあげるだけで、少し落ち着くことがあります。</p>



<h2 class="wp-block-heading">まとめ——ややこしい自分のままで、大丈夫</h2>



<p class="wp-block-paragraph">友達がいない、人づきあいが面倒くさい、でも少し寂しい。この、ややこしくてまとまらない気持ちを、わたしは今も抱えています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">でも、斎藤一人さんの言葉に出会って、<strong>「一人でも成長していける自分で、いいんだ」</strong>と思えてから、少しだけ、その気持ちと仲良くなれました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">もし今、同じような気持ちでいるなら。<span class="sbd-text-red">無理に友達を作らなくて大丈夫です。無理に一人を楽しまなくても大丈夫です。</span>一人ぼっち好きの寂しがり屋のままで、ちゃんと大丈夫だと、わたしは思っています。</p>

]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>斎藤一人さん・小林正観さんに学ぶ子育て｜心配せず信じるコツと体験談</title>
		<link>https://www.nantokanaru.net/kosodate/130/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[claude-writer]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 30 May 2025 02:27:41 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[小林正観]]></category>
		<category><![CDATA[斎藤一人]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.nantokanaru.net/?p=130</guid>

					<description><![CDATA[「子どもが心配で仕方ない」「これでいいのか分からない」。子育ての悩みは、尽きることがありません。 そんなとき、斎藤一人さんと小林正観さんの子育ての教えは、親の肩の力をすっと抜いてくれます。おふたりに共通しているのは、子ど [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p class="wp-block-paragraph">「子どもが心配で仕方ない」「これでいいのか分からない」。子育ての悩みは、尽きることがありません。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そんなとき、斎藤一人さんと小林正観さんの子育ての教えは、親の肩の力をすっと抜いてくれます。おふたりに共通しているのは、<strong>子どもを変えようとせず、信じて見守る</strong>という考え方です。</p>



<p class="wp-block-paragraph">この記事では、おふたりの子育て観を整理したうえで、小学生ふたりを育てているわたしが、実際にやってみてどうだったかを正直に書きます。</p>



<div class="wp-block-sbd-background-block sbd-bg-color sbd-inner-block-init is-style-yellow">
<p class="wp-block-paragraph">正しい子育ての方法をお伝えする記事ではありません。<strong>取り入れられそうなところだけ</strong>、持ち帰ってください。合わないと感じたら、そっと閉じて大丈夫です。</p>
</div>



<h2 class="wp-block-heading">斎藤一人さんの子育て「心配するな、信じなさい」</h2>



<p class="wp-block-paragraph">日本一の納税者として知られる実業家・斎藤一人さんの子育て観は、とてもはっきりしています。<span class="sbd-text-bg-yellow">心配は無用。ただ、信じるだけ。</span></p>



<h3 class="wp-block-heading">「心配」は、信用していないということ</h3>



<p class="wp-block-paragraph">一人さんによれば、<strong>心配するというのは、その人を信用していないということ</strong>だそうです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">親が「心配だよ」と言うとき、その言葉は子どもに「あなたにはできないかもしれない」と伝わってしまうことがあります。</p>



<p class="wp-block-paragraph">だから一人さんは、「心配だよ」の代わりに、こう言うことを勧めています。</p>



<ul class="wp-block-list is-style-sbd-noborder-orange">
<li><strong>「あなたを信じてるよ」</strong></li>



<li><strong>「あなたなら大丈夫だよ」</strong></li>



<li><strong>「大好きだよ」</strong></li>
</ul>



<p class="wp-block-paragraph">人は、自分を信じてくれる人のことは裏切れない。だから信じて言葉にすることが、その子の力を引き出すのだといいます。</p>



<h3 class="wp-block-heading">ゲームばかりでも、それが個性かもしれない</h3>



<p class="wp-block-paragraph">「うちの子、ゲームばかりで勉強しない」という悩みにも、一人さんの視点はぶれません。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ゲームばかりしていたおかげで、大人になってゲームを作る仕事で成功した人が、現にいる。<strong>何が将来の役に立つかは、誰にも分からない</strong>のです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">親は子どもの行動を、世の中の常識であわてて判断しがちです。でも大事なのは、その子が心から夢中になれるものを認めることだと一人さんは言います。</p>



<h3 class="wp-block-heading">不登校も、その子の表現として受け取る</h3>



<p class="wp-block-paragraph">不登校についても、姿勢は同じです。問題行動としてではなく、<strong>その子なりの表現や選択として受け入れる</strong>。</p>



<p class="wp-block-paragraph">一人さん自身、学校があまり好きではなく、ほとんど通わなかったそうです。それでも、あの人生を歩まれました。学校に行かないことが、そのまま将来の失敗を意味するわけではないのです。</p>



<h2 class="wp-block-heading">小林正観さんの「子育てしない子育て」</h2>



<p class="wp-block-paragraph">心学研究家として、年に約300回もの講演をされていた小林正観さん。その子育て論は<strong>「子育てしない子育て」</strong>と呼ばれます。</p>



<p class="wp-block-paragraph">これは育児放棄のことではありません。親が子どもを理想どおりにあやつろうとせず、その子の力を信じて見守る、という意味です。</p>



<h3 class="wp-block-heading">子育ての本質は「芽を摘まないこと」</h3>



<p class="wp-block-paragraph">正観さんは、子育ての本質を<span class="sbd-text-bg-yellow">「その子の芽を摘まないこと」</span>だと言い切ります。</p>



<p class="wp-block-paragraph">親が良かれと思って手を出し、直そうとすることが、かえって<strong>子どもの可能性を摘んでしまう</strong>ことがある。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そうではなく、その子がキラリと見せた良いところを見つけたら、まるでファンになったように喜んであげる。「そういうところ、すてきだね」と。それで十分なのだといいます。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「そのままでいい」と受け入れる</h3>



<p class="wp-block-paragraph">正観さんの子育て論の中心にあるのが、<strong>「あなたは、そのままでいい」</strong>という言葉です。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ほかの子と比べることは、そもそも間違った見方だと正観さんは言います。ひとりひとりが、違う個性を持っているのだから。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そして、成績についてもはっきりしています。人の価値は、成績の高さではなく、<strong>その人の笑顔や優しさ</strong>にある、と。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「いつでも帰ってきていい」と伝える</h3>



<p class="wp-block-paragraph">子どもがどんな道を歩んでも、傷ついてぼろぼろになって帰ってきても、親は「あなたは、いつでもここに帰ってきていいんだよ」と受け入れる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">甘やかすことと、芽を摘まないことは違います。気になることは、笑顔で穏やかに伝えればいい。<strong>ただ、その子の可能性だけは信じておく。</strong></p>



<h2 class="wp-block-heading">おふたりに共通するのは「親が変わる」ということ</h2>



<p class="wp-block-paragraph">一人さんの「信じる」と、正観さんの「芽を摘まない」。言い方は違いますが、向いている先は同じです。</p>



<ul class="wp-block-list is-style-sbd-noborder-orange">
<li>子どもを変えようとしない</li>



<li>ほかの子と比べない</li>



<li>その子の「好き」を否定しない</li>



<li>変わるのは、子どもではなく親のほう</li>
</ul>



<p class="wp-block-paragraph">一人さんは、子育てと「自分育て」は切り離せないと言います。親が自分の考え方を変えることが、結局いちばん子どもに効くのだと。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ここからは、そのおふたりの教えを、わたしがどう受け取り、どこでつまずいているかを書きます。</p>



<h2 class="wp-block-heading">わたしの場合。勉強も進路も「なるようになる」</h2>



<p class="wp-block-paragraph">妻は、塾や英語を子どもに習わせています。将来のことを、よく考えている人です。</p>



<p class="wp-block-paragraph">わたしは、正直どちらでもいいと思っています。子どもが嫌がることを、無理にやらせたくないのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">いい高校に入ったからといって、幸せになるとは限りません。反対に、勉強のできない学校で、一生の友達ができるかもしれない。<strong>人生は、分からないことばかりです。</strong></p>



<p class="wp-block-paragraph">だからわたしは、子どもにレールを敷きません。これを<strong>「いい意味で、期待していない」</strong>と呼んでいます。がっかりしているのではなく、決めつけていない、という意味です。</p>



<h2 class="wp-block-heading">それでも、歯と箸には全力になります</h2>



<p class="wp-block-paragraph">ただ、何にでも「なるようになる」と言っているわけではありません。</p>



<p class="wp-block-paragraph">うちの子は歯並びがよくないので、矯正をしています。上の子の内股が気になって、どうすれば直るのかを調べたこともあります。</p>



<p class="wp-block-paragraph"><strong>本人には選べなかったことで、大人になってから直すのが難しいこと。</strong>そこには、お金も手間も惜しみません。塾や習いごとよりも、ずっと。</p>



<p class="wp-block-paragraph">それと、箸の持ち方、茶碗の持ち方、食べるときの姿勢。ここはかなり厳しく言います。ひじをついたり、片ひざを立てて食べていたら、しっかり叱ります。</p>



<p class="wp-block-paragraph">わたしの父も、そこだけは厳しい人でした。<span class="sbd-text-bg-yellow">成績や進路はどうでもいいけれど、土台の部分だけは。</span>そういう子育てを、たぶん受け継いでいます。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ゲームも禁止していません。わたし自身、小さい頃からゲームをして育ちました。今の時代、我慢しろと言うほうが無理な話です。そのかわり、目を守ることだけは厳しく言います。<strong>好きなことは止めない。でも、体は守る。</strong></p>



<h2 class="wp-block-heading">正直な話。「あなたなら大丈夫」と言えたことがありません</h2>



<p class="wp-block-paragraph">一人さんの教えを知ってから、わたしは子どもに「心配だ」と言わなくなりました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">親が先回りして何もかもやってしまうと、<strong>子どもから失敗する機会を奪ってしまう</strong>と思うからです。妻はよく「心配だ」と言います。それが愛情なのも、分かっています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ただ、ここからが恥ずかしい告白です。</p>



<p class="wp-block-paragraph">わたしは、子どもに「あなたなら大丈夫だよ」と言えたことが、たぶん一度もありません。心配しないようにはしている。でも、<strong>信じていると口に出す</strong>のは、また別の難しさがあります。</p>



<p class="wp-block-paragraph">それどころか、わたしは口が悪い。きつい言葉を使ってしまうことがあります。そして<span class="sbd-text-bg-yellow">その言葉を、子どもがまねしている</span>のです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">汚い言葉を使うなと叱っている自分が、その汚い言葉の出どころだった。反省すべきところです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">よその親御さんを見ていると、子どもへの接し方がとても上手な方がいます。おだやかで、丁寧で。ああ、自分はあそこまでできないな、と思います。</p>



<h2 class="wp-block-heading">それでも「あの人みたいになりたい」とは思わない</h2>



<p class="wp-block-paragraph">だって、わたしにできるのは、これしかないのだから。そう思って、自分にこう言い聞かせています。</p>



<div class="wp-block-sbd-background-block sbd-bg-color sbd-inner-block-init is-style-yellow">
<p class="wp-block-paragraph">「ごめんな。俺はこんな育て方しかできないけど、俺も一生懸命やってるんだよ。これが精一杯なんだよ」</p>
</div>



<p class="wp-block-paragraph">子育てでいちばん大事なのは、<strong>親が無理をしないこと</strong>だと思っています。理想の親を演じようとすると、どこかで壊れてしまう気がするのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">一人さんの言う「自分育て」とは、立派になることではなく、こういうことなのかもしれません。できない自分を許すことについては、<a href="https://www.nantokanaru.net/saitou-hitori-jokigen/314/">上気元の記事</a>にも書きました。</p>



<h2 class="wp-block-heading">段ボールのロボットと、逃げ道の話</h2>



<p class="wp-block-paragraph">正観さんの「芽を摘まない」を、わたしはこんなふうに受け取っています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">うちの下の子は、段ボールで工作をするのが好きです。ロボットを作って、それを戦わせて遊んでいます。</p>



<p class="wp-block-paragraph">大人から見れば、何が楽しいのかよく分かりません。でも、夢中になっている姿を見ていると、<strong>すごいなあ</strong>と感心してしまう。この芽を摘まないでいたい、と思います。</p>



<p class="wp-block-paragraph">それと、比べないこと。「お姉ちゃんなんだから」という言い方が、わたしはどうも苦手です。生まれた順番で我慢の量が変わるのは、不公平な気がして。わたし自身が末っ子で、甘やかされて育ったからかもしれません。</p>



<p class="wp-block-paragraph">妻とわたしの方針は、まるで違います。でも、それでいいと思っています。妻が厳しく叱っているとき、わたしは何も言いません。<strong>ふたりともガミガミ言ってしまったら、子どもに逃げ道がなくなる</strong>からです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">反対に、わたしが言ったときは、子どもが妻のところへ行く。夫婦の方針が違うことは、案外<span class="sbd-text-bg-yellow">子どもにとっての救い</span>になっているのかもしれません。</p>



<h2 class="wp-block-heading">もし「学校に行きたくない」と言われたら</h2>



<p class="wp-block-paragraph">ひとつ、正直に書いておきたいことがあります。</p>



<p class="wp-block-paragraph">うちの子はふたりとも小学生で、今のところ「学校は楽しい」と言ってくれています。だから、<strong>不登校のつらさを、わたしは経験していません。</strong>分かったふりはできません。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ただ、調べていて知ったことがあります。子どもが「学校に行きたくない」と言うのは、<span class="sbd-text-bg-yellow">勇気を出して出してくれたSOS</span>なのだそうです。まずそれを受け止めて、「休んでいいよ」と言葉にして伝えることが大切だと。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そして、親だけで抱え込まないこと。学校の先生、自治体の教育センターや教育相談所など、相談できる場所があります。</p>



<div class="wp-block-sbd-background-block sbd-bg-color sbd-inner-block-init is-style-yellow">
<p class="wp-block-paragraph">子ども本人がつらいときは、文部科学省の<strong>「24時間子供SOSダイヤル（0120-0-78310）」</strong>があります。全国どこからでも、無料でつながります。</p>



<p class="wp-block-paragraph">親御さんの相談先は、<a href="https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/06112214.html" rel="noopener" target="_blank">文部科学省「不登校に関する地元の相談窓口」</a>にまとまっています。<span class="sbd-text-red">ひとりで抱えなくて大丈夫です。</span></p>
</div>



<h2 class="wp-block-heading">よくある疑問</h2>



<h3 class="wp-block-heading">Q. 信じて見守るだけで、本当にいいのでしょうか？</h3>



<p class="wp-block-paragraph">A. おふたりとも、放っておけとは言っていません。気になることは、笑顔で穏やかに伝えればいい。<strong>やめたほうがいいのは、あやつろうとすること</strong>だと受け取っています。</p>



<h3 class="wp-block-heading">Q. 夫婦で子育ての方針が合いません。</h3>



<p class="wp-block-paragraph">A. うちも、まったく合っていません。でも、合わせなくてもいいのではないでしょうか。<strong>どちらかが逃げ道になっていれば、子どもは息ができます。</strong>相手のやり方を否定しないことだけ、気をつけています。</p>



<h3 class="wp-block-heading">Q. 子どもにきつい言葉を使ってしまい、自分が嫌になります。</h3>



<p class="wp-block-paragraph">A. わたしもです。<span class="sbd-text-red">上手にできない自分を、責めないでください。</span>「これが精一杯なんだよ」と自分に言ってあげるだけで、次の日また子どもの前に立てます。</p>



<h2 class="wp-block-heading">まとめ：育てているつもりで、育てられている</h2>



<p class="wp-block-paragraph">一人さんの「心配するな、信じなさい」。正観さんの「芽を摘まない、そのままでいい」。</p>



<p class="wp-block-paragraph">どちらも、親のほうが変わることを求めています。だから難しいし、だから効くのだと思います。</p>



<p class="wp-block-paragraph">わたしは人前で話すのが大の苦手なのに、学校の役目を引き受けたことがあります。<a href="https://www.nantokanaru.net/saitou-hitori-tension/268/">緊張で半年前から眠れなくなる</a>ような人間なのに、です。子どもがいなければ、そんな場面に立つことは一生なかったでしょう。</p>



<p class="wp-block-paragraph">一人さんは、人生は成長するためにあると言います。昨日の自分より一歩でも成長できたら、それでいい。<strong>その一歩を、わたしは子どもに歩かされている</strong>のだと思います。</p>



<p class="wp-block-paragraph">育てているつもりで、育てられている。子育てとは、どうやらそういうものらしいです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">あなたの子育ても、きっと精一杯のはずです。<span class="sbd-text-red">上手でなくて、いいのだと思います。</span></p>
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