人前で話す緊張は場数でやわらぐ?赤面症で悩んだわたしの正直な体験談

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人前で話す緊張は場数でやわらぐ?赤面症で悩んだわたしの正直な体験談

人前で話すことが決まった瞬間から、ずっと緊張が続く。それが半年先の話でも、です。

朝起きたら思い出す。手が空いたら思い出す。頭の中で、みんなの前に立たされている自分を何度も想像してしまう。

わたしは41歳になった今も、人前で話すことが苦手です。この記事は、そんなわたしが斎藤一人さんとみっちゃん先生の「人生は場数(ばかず)だよ」という言葉に支えられている、正直な体験談です。

先にお伝えしておくと、これは「緊張が消える魔法」の話ではありません。わたし自身、今も緊張します。それでも少し楽になった考え方がある、という範囲のお話です。

中学の教室で始まった「赤くなるループ」

わたしは中学生の頃から、赤面症でした。

授業で発表する場面になると、顔がかっと赤くなる。それをくすくすっと笑われる。笑われたことでまた緊張して、さらに赤くなる

この繰り返しが、本当に嫌でした。同じ経験をした方なら、あの教室の空気を思い出せるのではないでしょうか。

大人になっても、緊張は消えなかった

大人になれば自然と治るのかな、と思っていました。でも、そうはなりませんでした。

わたしは今でも、原稿がないと人前でまったく話せません。何を言っていいか分からなくなって、頭が本当にすぐ真っ白になります。

特に苦手なのが、「自分の考えや感想を聞かれて、その場で話すこと」です。原稿を読むだけならまだいいのに、自分で考えて話すとなると、途端にダメになる。突然話を振られてもすらすら話せる人を見ると、本当に尊敬します。

そして緊張は、当日だけではありません。人前で話す予定が決まると、それが半年先でも、決まったその日から緊張が始まります

ひと月前になると、夜も眠りが浅くなる。朝起きたら思い出す。暇になったら思い出す。その場面を想像するだけで、怖くて怖くて。

それなのに、いざ本番になると「もうやるしかない」と腹をくくって、意外とあっけなく終わってしまう。振り返ってみると、いちばん辛いのは当日ではなく、その日までの長い時間なんですよね。

斎藤一人さんとみっちゃん先生の「人生は場数だよ」

そんなわたしの支えになっているのが、斎藤一人さんとお弟子さんのみっちゃん先生が教えてくれる「場数」という考え方です。

一人さんは、話し下手や早口といったものを直すべき欠点とは考えず、そのままの自分に愛を注ぐことが大事だと言います。しどろもどろでも、誠実に話せば伝わるものがある、と。

そしてみっちゃん先生は、何ごとも数をこなして慣れていくことを勧めています。心臓がバクバクするのは当たり前で、その経験を重ねるうちに、少しずつ耐性がついていくのだと。わたしの記憶では、みっちゃん先生ご自身も、もともと人前で話すのがとても苦手だった方なんです。

おふたりの『斎藤一人 この世を天国に変えるコツ 人生は場数だよ』という本には、「場数」と書かれたカードが付いてきました。

わたしはそのカードを、携帯の待ち受けにしていました。くじけそうになるたびに「場数、場数」と目に入るように。それくらい、すがりたかったんです。

📖 わたしが読んだのはこの本です。人前の緊張に限らず、新しいことへの一歩が怖いときに支えになる一冊でした。

『斎藤一人 この世を天国に変えるコツ 人生は場数だよ』(Amazon)(Audibleの聴く版もあります)

わたしの緊張の正体は「どう見られているか」だった

場数の話を続ける前に、自分なりに気づいたことをひとつ書かせてください。

わたしが人前で頭が真っ白になるとき、頭の中でいちばん先に来ているのは、話す中身ではなく「自分がどんなふうに見られているか」なんです。

顔が赤くなっていないか。変に思われていないか。そこに意識が向くほど、話す中身を考える余裕がなくなっていく。

あとから知ったのですが、こういう状態は心理の世界で「自己注目」と呼ばれているそうです。意識が自分の内側に向かうほど緊張が強まるので、注意を自分の外へ向ける練習が対策として勧められているとのことでした。

視線が気にならなかった、ふしぎな日

実はわたしにも、それを裏づけるような体験が一度だけあります。

保護者の集まりで、「お子さんの一日の生活はどんな感じですか」と聞かれたことがありました。わたしはずっと子どものことを見てきたので、家での風景を一生懸命思い出しながら話したんです。

そのとき、みんなの視線はわたしに向いていたはずなのに、まったく気にならなかった。「どうだったかな」と思い出すことに夢中で、「どう見られているか」を考える隙間がなかったんです。

話の上手な人は、きっと「いかに相手に伝わるか」を考えているから、人の目が気にならないのかもしれません。わたしにはまだ難しいけれど、意識の向き先が変わるだけで、あんなに楽になるのかと驚いた日でした。

場数のほかに、わたしが「効きそうだ」と思っている小さな工夫

「結局、場数しかないの?」と思われるかもしれないので、あの日の体験と、おふたりの教えから拾った小さな工夫も置いておきます。どれも効果を約束するものではなく、わたしが「これなら」と思えたものです。

  • 「どう見られるか」より「何を伝えるか」に意識を移す。思い出すこと・伝えることに夢中になれた日、わたしは視線を忘れられました。
  • 相手を観察する。一人さんは、相手への興味や思いやりを起点に話すことを勧めています。意識が自分の外へ向く、という意味で理にかなっていると感じます。
  • 準備した自分をほめて、真っ白になった自分を許す。「準備しただけで偉い」「頭が真っ白になってもいい」と言葉にしておくと、次の一歩が少し軽くなります。
  • 小さな場から段階的に。いきなり大勢の前ではなく、2〜3人の前で話すことから。小さくても「やれた」が積み重なります。

あの、ひすいこたろうさんも赤面症だった

もうひとつ、わたしの励みになっている話があります。

わたしの大好きな作家のひすいこたろうさんは、若い頃、極度の人見知りと赤面症で、人と目を合わせて話すこともできなかったそうです。

それが今では、大勢の前で講演をされている。お話も本当にお上手で、あの語り口に何度も救われてきました。

「あんなに上手な人でも、昔は赤面症だったんだ」。そう思うだけで、なんだかちょっと安心しませんか。わたしは、します。

二度目は「なんとかなる」と思えた

最近、保護者の集まりで人前に立つ役目が、二度目に回ってきました。絶対にもうないと思っていたのに、本当になっちゃったんです。

でも、ふしぎなことに、一度目ほどの恐怖はありません。「一度目をやれた」という事実があるだけで、「二度目は、まあ、なんとかなるだろう」と思えている。

これが場数なんだと思います。ゴールが100だとしたら、わたしはまだ10くらい。だったら、緊張して当然なんですよね。まだまだ場数が足りないだけなんだから。

「緊張して当然だよ」と自分に言ってあげると、すごく楽になります。緊張していても、だんだんよくなっていくから大丈夫、と。

よくある疑問

Q. 場数を踏めば、緊張しなくなりますか?

A. 正直に言うと、ゼロにはならないと思います。人前で緊張せずに話せる自分なんて、今も想像がつきません。

ただ、緊張の度合いは変わってきます。以前なら80くらい緊張していた場面が、場数を踏むうちに50くらいになる。そういうやわらぐ感じは、わたしにも確かにあります。

「緊張しなくなる」の手前に「緊張したままでも、なんとかやれる」があって、場数はそこへ近づけてくれるのだと思っています。

Q. 緊張していることは、隠したほうがいいのでしょうか?

A. わたしは、隠さなくていいと思っています。ぺらぺらと上手に話す人より、緊張しながら一生懸命話す人の話のほうが、心に残ることってありませんか。緊張は、誠実さの証しでもあると思うんです。

Q. どうしても人前が無理なときは?

A. 断れるものなら、断っていいと思います。場数は、追い込まれて踏むものではありません。「今回はやってみようかな」と思えたときだけで、十分です。

まとめ:克服できなくても、いい

わたしは、緊張を克服できていません。たぶんこの先も、人前で話す予定が入れば、その日からそわそわし続けると思います。

それでも、「なんとかなる」と思えることは、少しずつ増えてきました。

克服しなくていい。緊張は、消えなくていい。「緊張して当然だよ、まだ場数が足りないだけだよ」と自分に言ってあげるだけで、ずいぶん楽になります。

あなたが今、人前に立つ日を思って眠れずにいるなら、その辛さはわたしにもよく分かります。無理に平気なふりをしなくて大丈夫です。

緊張したまま、あなたなりにやれれば、それでいい。わたしも待ち受けの「場数」に支えられながら、次の二度目を、なんとかやってきます。