斎藤一人さん・小林正観さんに学ぶ子育て|心配せず信じるコツと体験談

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斎藤一人さん・小林正観さんに学ぶ子育て|心配せず信じるコツと体験談

「子どもが心配で仕方ない」「これでいいのか分からない」。子育ての悩みは、尽きることがありません。

そんなとき、斎藤一人さんと小林正観さんの子育ての教えは、親の肩の力をすっと抜いてくれます。おふたりに共通しているのは、子どもを変えようとせず、信じて見守るという考え方です。

この記事では、おふたりの子育て観を整理したうえで、小学生ふたりを育てているわたしが、実際にやってみてどうだったかを正直に書きます。

正しい子育ての方法をお伝えする記事ではありません。取り入れられそうなところだけ、持ち帰ってください。合わないと感じたら、そっと閉じて大丈夫です。

斎藤一人さんの子育て「心配するな、信じなさい」

日本一の納税者として知られる実業家・斎藤一人さんの子育て観は、とてもはっきりしています。心配は無用。ただ、信じるだけ。

「心配」は、信用していないということ

一人さんによれば、心配するというのは、その人を信用していないということだそうです。

親が「心配だよ」と言うとき、その言葉は子どもに「あなたにはできないかもしれない」と伝わってしまうことがあります。

だから一人さんは、「心配だよ」の代わりに、こう言うことを勧めています。

  • 「あなたを信じてるよ」
  • 「あなたなら大丈夫だよ」
  • 「大好きだよ」

人は、自分を信じてくれる人のことは裏切れない。だから信じて言葉にすることが、その子の力を引き出すのだといいます。

ゲームばかりでも、それが個性かもしれない

「うちの子、ゲームばかりで勉強しない」という悩みにも、一人さんの視点はぶれません。

ゲームばかりしていたおかげで、大人になってゲームを作る仕事で成功した人が、現にいる。何が将来の役に立つかは、誰にも分からないのです。

親は子どもの行動を、世の中の常識であわてて判断しがちです。でも大事なのは、その子が心から夢中になれるものを認めることだと一人さんは言います。

不登校も、その子の表現として受け取る

不登校についても、姿勢は同じです。問題行動としてではなく、その子なりの表現や選択として受け入れる

一人さん自身、学校があまり好きではなく、ほとんど通わなかったそうです。それでも、あの人生を歩まれました。学校に行かないことが、そのまま将来の失敗を意味するわけではないのです。

小林正観さんの「子育てしない子育て」

心学研究家として、年に約300回もの講演をされていた小林正観さん。その子育て論は「子育てしない子育て」と呼ばれます。

これは育児放棄のことではありません。親が子どもを理想どおりにあやつろうとせず、その子の力を信じて見守る、という意味です。

子育ての本質は「芽を摘まないこと」

正観さんは、子育ての本質を「その子の芽を摘まないこと」だと言い切ります。

親が良かれと思って手を出し、直そうとすることが、かえって子どもの可能性を摘んでしまうことがある。

そうではなく、その子がキラリと見せた良いところを見つけたら、まるでファンになったように喜んであげる。「そういうところ、すてきだね」と。それで十分なのだといいます。

「そのままでいい」と受け入れる

正観さんの子育て論の中心にあるのが、「あなたは、そのままでいい」という言葉です。

ほかの子と比べることは、そもそも間違った見方だと正観さんは言います。ひとりひとりが、違う個性を持っているのだから。

そして、成績についてもはっきりしています。人の価値は、成績の高さではなく、その人の笑顔や優しさにある、と。

「いつでも帰ってきていい」と伝える

子どもがどんな道を歩んでも、傷ついてぼろぼろになって帰ってきても、親は「あなたは、いつでもここに帰ってきていいんだよ」と受け入れる。

甘やかすことと、芽を摘まないことは違います。気になることは、笑顔で穏やかに伝えればいい。ただ、その子の可能性だけは信じておく。

おふたりに共通するのは「親が変わる」ということ

一人さんの「信じる」と、正観さんの「芽を摘まない」。言い方は違いますが、向いている先は同じです。

  • 子どもを変えようとしない
  • ほかの子と比べない
  • その子の「好き」を否定しない
  • 変わるのは、子どもではなく親のほう

一人さんは、子育てと「自分育て」は切り離せないと言います。親が自分の考え方を変えることが、結局いちばん子どもに効くのだと。

ここからは、そのおふたりの教えを、わたしがどう受け取り、どこでつまずいているかを書きます。

わたしの場合。勉強も進路も「なるようになる」

妻は、塾や英語を子どもに習わせています。将来のことを、よく考えている人です。

わたしは、正直どちらでもいいと思っています。子どもが嫌がることを、無理にやらせたくないのです。

いい高校に入ったからといって、幸せになるとは限りません。反対に、勉強のできない学校で、一生の友達ができるかもしれない。人生は、分からないことばかりです。

だからわたしは、子どもにレールを敷きません。これを「いい意味で、期待していない」と呼んでいます。がっかりしているのではなく、決めつけていない、という意味です。

それでも、歯と箸には全力になります

ただ、何にでも「なるようになる」と言っているわけではありません。

うちの子は歯並びがよくないので、矯正をしています。上の子の内股が気になって、どうすれば直るのかを調べたこともあります。

本人には選べなかったことで、大人になってから直すのが難しいこと。そこには、お金も手間も惜しみません。塾や習いごとよりも、ずっと。

それと、箸の持ち方、茶碗の持ち方、食べるときの姿勢。ここはかなり厳しく言います。ひじをついたり、片ひざを立てて食べていたら、しっかり叱ります。

わたしの父も、そこだけは厳しい人でした。成績や進路はどうでもいいけれど、土台の部分だけは。そういう子育てを、たぶん受け継いでいます。

ゲームも禁止していません。わたし自身、小さい頃からゲームをして育ちました。今の時代、我慢しろと言うほうが無理な話です。そのかわり、目を守ることだけは厳しく言います。好きなことは止めない。でも、体は守る。

正直な話。「あなたなら大丈夫」と言えたことがありません

一人さんの教えを知ってから、わたしは子どもに「心配だ」と言わなくなりました。

親が先回りして何もかもやってしまうと、子どもから失敗する機会を奪ってしまうと思うからです。妻はよく「心配だ」と言います。それが愛情なのも、分かっています。

ただ、ここからが恥ずかしい告白です。

わたしは、子どもに「あなたなら大丈夫だよ」と言えたことが、たぶん一度もありません。心配しないようにはしている。でも、信じていると口に出すのは、また別の難しさがあります。

それどころか、わたしは口が悪い。きつい言葉を使ってしまうことがあります。そしてその言葉を、子どもがまねしているのです。

汚い言葉を使うなと叱っている自分が、その汚い言葉の出どころだった。反省すべきところです。

よその親御さんを見ていると、子どもへの接し方がとても上手な方がいます。おだやかで、丁寧で。ああ、自分はあそこまでできないな、と思います。

それでも「あの人みたいになりたい」とは思わない

だって、わたしにできるのは、これしかないのだから。そう思って、自分にこう言い聞かせています。

「ごめんな。俺はこんな育て方しかできないけど、俺も一生懸命やってるんだよ。これが精一杯なんだよ」

子育てでいちばん大事なのは、親が無理をしないことだと思っています。理想の親を演じようとすると、どこかで壊れてしまう気がするのです。

一人さんの言う「自分育て」とは、立派になることではなく、こういうことなのかもしれません。できない自分を許すことについては、上気元の記事にも書きました。

段ボールのロボットと、逃げ道の話

正観さんの「芽を摘まない」を、わたしはこんなふうに受け取っています。

うちの下の子は、段ボールで工作をするのが好きです。ロボットを作って、それを戦わせて遊んでいます。

大人から見れば、何が楽しいのかよく分かりません。でも、夢中になっている姿を見ていると、すごいなあと感心してしまう。この芽を摘まないでいたい、と思います。

それと、比べないこと。「お姉ちゃんなんだから」という言い方が、わたしはどうも苦手です。生まれた順番で我慢の量が変わるのは、不公平な気がして。わたし自身が末っ子で、甘やかされて育ったからかもしれません。

妻とわたしの方針は、まるで違います。でも、それでいいと思っています。妻が厳しく叱っているとき、わたしは何も言いません。ふたりともガミガミ言ってしまったら、子どもに逃げ道がなくなるからです。

反対に、わたしが言ったときは、子どもが妻のところへ行く。夫婦の方針が違うことは、案外子どもにとっての救いになっているのかもしれません。

もし「学校に行きたくない」と言われたら

ひとつ、正直に書いておきたいことがあります。

うちの子はふたりとも小学生で、今のところ「学校は楽しい」と言ってくれています。だから、不登校のつらさを、わたしは経験していません。分かったふりはできません。

ただ、調べていて知ったことがあります。子どもが「学校に行きたくない」と言うのは、勇気を出して出してくれたSOSなのだそうです。まずそれを受け止めて、「休んでいいよ」と言葉にして伝えることが大切だと。

そして、親だけで抱え込まないこと。学校の先生、自治体の教育センターや教育相談所など、相談できる場所があります。

子ども本人がつらいときは、文部科学省の「24時間子供SOSダイヤル(0120-0-78310)」があります。全国どこからでも、無料でつながります。

親御さんの相談先は、文部科学省「不登校に関する地元の相談窓口」にまとまっています。ひとりで抱えなくて大丈夫です。

よくある疑問

Q. 信じて見守るだけで、本当にいいのでしょうか?

A. おふたりとも、放っておけとは言っていません。気になることは、笑顔で穏やかに伝えればいい。やめたほうがいいのは、あやつろうとすることだと受け取っています。

Q. 夫婦で子育ての方針が合いません。

A. うちも、まったく合っていません。でも、合わせなくてもいいのではないでしょうか。どちらかが逃げ道になっていれば、子どもは息ができます。相手のやり方を否定しないことだけ、気をつけています。

Q. 子どもにきつい言葉を使ってしまい、自分が嫌になります。

A. わたしもです。上手にできない自分を、責めないでください。「これが精一杯なんだよ」と自分に言ってあげるだけで、次の日また子どもの前に立てます。

まとめ:育てているつもりで、育てられている

一人さんの「心配するな、信じなさい」。正観さんの「芽を摘まない、そのままでいい」。

どちらも、親のほうが変わることを求めています。だから難しいし、だから効くのだと思います。

わたしは人前で話すのが大の苦手なのに、学校の役目を引き受けたことがあります。緊張で半年前から眠れなくなるような人間なのに、です。子どもがいなければ、そんな場面に立つことは一生なかったでしょう。

一人さんは、人生は成長するためにあると言います。昨日の自分より一歩でも成長できたら、それでいい。その一歩を、わたしは子どもに歩かされているのだと思います。

育てているつもりで、育てられている。子育てとは、どうやらそういうものらしいです。

あなたの子育ても、きっと精一杯のはずです。上手でなくて、いいのだと思います。